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猿面冠者(太宰治)のあらすじ・登場人物

傑作を夢みて書けない男

  • 心理

太宰治 1934年(昭和9年)7月 「鷭」

文字数
15,011字
読了目安
約30分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

太宰治が1934(昭和9)年7月に同人誌『鷭』に発表した初期の短編。文学に毒された傲岸な青年が、小説を書こうとして書けずにいる経緯を、三人称で語る。書きかけの「風の便り」、青年が高等学校時代に出した処女作『鶴』の挫折の回想、作中の少女の手紙が入れ子になり、最後に題が決まる。自意識の強い初期の太宰の文体がよく表れた作品である。

あらすじ

どんな小説も二三行で楽屋裏を見抜いたように鼻で笑う、傲岸不遜の男がいる。心の中で自分を「彼」と呼ぶ男は、筆を取る前に頭の中で傑作を仕上げ、批評までしてしまうので、一行も書けない。語り手は、この男が落第続きで、卒業できなければ送金を止められる身の上で、育ちのいやしい妻を持ち、生活のために小説を書かねばならなくなったと仮定してみる。男は押入にある千枚ほどの旧稿を読み返し、困った主人公が差出人不明の通信に助けられる短篇『通信』を書き直して、『風の便り』と題して書き始める。友人の洋画家に筋を話すと的外れな批評をされて逃げ帰り、古本屋で『オネーギン』のタチアナの恋文を読む。話は男の高等学校時代に戻る。英語の自由作文を英国人教師に褒められて有頂天になり、長編『鶴』を書いて自費出版したが、寮の食堂で読んだ夕刊の酷評に打ちのめされる。『風の便り』の第一の通信は、十九歳の元旦に届く差出人不明の葉書で、弱い正直な人を励ます少女の言葉が綴られる。しかしその手紙は途中から、男に殺されかけた少女の抗議の声に変わり、男は書きかけの原稿の題を『猿面冠者』とする。

登場人物

冒頭部(原文より)

どんな小説を読ませても、はじめの二三行をはしり読みしたばかりで、もうその小説の楽屋裏を見抜いてしまったかのように、鼻で笑って巻を閉じる傲岸不遜の男がいた。ここに露西亜の詩人の言葉がある。「そもさん何者。されば、わずかにまねごと師。気にするがものもない幽霊か。ハロルドのマント羽織った莫斯科ッ子。他人の癖の飜案か。はやり言葉の辞書なのか。いやさて、もじり言葉の詩とでもいったところじゃないかよ」いずれそんなところかも知れぬ。この男は、自分では、すこし詩やら小説やらを読みすぎたと思って悔いている。この男は、思案するときにでも言葉をえらんで考えるのだそうである。心のなかで自分のことを、彼、と呼んでいる。酒に酔いしれて、ほとんど我をうしなっているように見えるときでも、もし誰かに殴られたなら、落ちついて呟く。

「猿面冠者」太宰治(青空文庫)

末尾部(原文より)

このような文学に毒された、もじり言葉の詩とでもいったような男が、もし小説を書いたとしたなら、まずざっとこんなものだと素知らぬふりして書き加えでもして置くと、案外、世のなかのひとたちは、あなたの私を殺しっぷりがいいと言って、喝采を送るかも知れません。あなたのよろめくおすがたがさだめし大受けでございましょう。そしておかげで私の指さきもそれから脚も、もう三秒とたたぬうちに、みるみる冷くなるでございましょう。ほんとうは怒っていないの。だってあなたはわるくないし、いいえ、理窟はないんだ。ふっと好きなの。あああ。あなた、仕合せは外から? さようなら、坊ちゃん。もっと悪人におなり。  男は書きかけの原稿用紙に眼を落してしばらく考えてから、題を猿面冠者とした。それはどうにもならないほどしっくり似合った墓標である、と思ったからであった。

「猿面冠者」太宰治(青空文庫)

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