清貧譚(太宰治)のあらすじ・登場人物
菊を売るなど、風流ではない
- 幻想
- 恋愛
- 文字数
- 9,372字
- 読了目安
- 約19分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
中国の怪異譚集「聊斎志異」の一篇「黄英」を、江戸・向島に舞台を移して語り直した太宰の短篇。原文はわずか四枚半の小片だが、読むうちに湧いてくる空想をそのまま書いてみたい、という作者自身の断り書きから始まる。菊を愛する貧乏な独身男と、菊の精である姉弟との交わりを通して、清貧という気位のこっけいさと切なさを描く。のちの「新釈諸国噺」「お伽草紙」へつながる、古典を素材にした太宰の仕事の出発点にあたる一篇である。
あらすじ
江戸の向島あたりに、馬山才之助というつまらない名前の男が住んでいた。ひどく貧乏で、三十二歳の独身。ただ菊の花が好きで、佳い苗があると聞けばどんな無理算段をしてでも手に入れた。ある日、才之助は陶本三郎という菊作りの名人と、その姉の黄英に出会う。三郎の作る菊はことごとく見事で、彼は惜しげもなくそれを売って金に換える。花を売り物にするとは風流の道に反する、と才之助は本気で憤り、清貧こそ尊いと説くが、三郎は笑って取り合わない。やがて黄英と才之助は夫婦になるものの、才之助は妻の金で暮らすことを潔しとせず、壁で家を仕切って自分の分は自分でまかなうと言い張る。その意地の張り方の裏にあるものを、黄英は静かに見抜いていた。菊はいよいよ栄え、家には金が積まれてゆく。ある日、三郎は「もう菊を作るのにも厭きた」と妙なことを言ってやたらに酒を飲み、酔いつぶれて横になると、みるみる体が溶けて煙となり、あとには着物と草履だけが残った。その下の土からは、みずみずしい菊の苗が一本生えていた。
登場人物
- 馬山才之助 菊を愛する貧乏な独身の男。清貧を尊ぶ
- 陶本三郎 菊作りの名人。菊を売って金に換える
- 黄英 三郎の姉。才之助の妻となる
冒頭部(原文より)
以下に記すのは、かの聊斎志異の中の一篇である。原文は、千八百三十四字、之を私たちの普通用ゐてゐる四百字詰の原稿用紙に書き写しても、わづかに四枚半くらゐの、極く短い小片に過ぎないのであるが、読んでゐるうちに様々の空想が湧いて出て、優に三十枚前後の好短篇を読了した時と同じくらゐの満酌の感を覚えるのである。私は、この四枚半の小片にまつはる私の様々の空想を、そのまま書いてみたいのである。
「清貧譚」太宰治(青空文庫)
末尾部(原文より)
やがて酔ひつぶれて、寝ころんだ。みるみる三郎のからだは溶けて、煙となり、あとには着物と草履だけが残つた。才之助は驚愕して、着物を抱き上げたら、その下の土に、水々しい菊の苗が一本生えてゐた。はじめて、陶本姉弟が、人間でない事を知つた。けれども、才之助は、いまでは全く姉弟の才能と愛情に敬服してゐたのだから、嫌厭の情は起らなかつた。哀しい菊の精の黄英を、いよいよ深く愛したのである。菊の苗は、わが庭に移し植ゑ、秋にいたつて花を開いたが、その花は薄紅色で幽かにぽつと上気して、嗅いでみると酒の匂ひがした。黄英のからだに就いては、「亦他異無し。」と原文に書かれてある。つまり、いつまでもふつうの女体のままであつたのである。
「清貧譚」太宰治(青空文庫)
原文を読む
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