青春論(坂口安吾)のあらすじ・登場人物
淪落に殉ずと言い切る
- 青春
- 文字数
- 34,657字
- 読了目安
- 約1時間9分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
1942年11月・12月の「文学界」に二回にわたって載った長めの随筆。「青春」を題に、自分には青春の自覚がないまま過ぎたという述懐から、日本人の小役人根性や、芸も命も賭けた「淪落」の世界へのまなざしを語り、世阿弥、正岡子規、スタンダール、牧野信一、そして宮本武蔵や勝海舟の父までを引いて、生き方を論じていく。「淪落に殉ず」の一句に至る安吾自身の人生観を知る文章で、同じ1942年には「日本文化私観」も発表している。
あらすじ
第一章「わが青春」で安吾は、自分が青春の自覚を持たずに過ごしたことを語り、世阿弥の作る美しい物語と、女の人が持つ時間の深さに触れる。自分の生活は中身がカラッポだと自嘲しつつも、悔いを残さず愚かさを貫いてきたと述べる。第二章「淪落に就て」では、日本人の小役人根性や、電車で席を譲ることを巡る世間の態度を批判する。サーカスやレビューの芸人たちが、落ちては登る淪落の世界に独立不羈の魂を持っていると称え、金銭を賭ける者は憎み蔑み、現実の中に奇蹟を追うことが淪落だと説く。以後は、独身者と夫婦者の区別、正岡子規の病床の号泣、スタンダールの恋、さらに宮本武蔵の試合の心構えと勝夢酔の話へ進み、武蔵が柳生流の形式主義に容れられなかったことなどを論じる。勝負に徹して辛くなる人間、死に急ぐ信念への疑いを経て、安吾は自分の人生を、掘り当ててみるまで分からない山師の仕事にたとえる。そして一生が毒々しい青春であるのはやむを得ず、墓には「淪落に殉ず」と刻むつもりで、要するに生きることが全部だと結ぶ。
冒頭部(原文より)
今が自分の青春だというようなことを僕はまったく自覚した覚えがなくて過してしまった。いつの時が僕の青春であったか。どこにも区切りが見当らぬ。老成せざる者の愚行が青春のしるしだと言うならば、僕は今も尚青春、恐らく七十になっても青春ではないかと思い、こういう内省というものは決して気持のいいものではない。気負って言えば、文学の精神は永遠に青春であるべきものだ、と力みかえってみたくなるが、文学文学と念仏のように唸ったところで我が身の愚かさが帳消しになるものでもない。生れて三十七年、のんべんだらりとどこにも区切りが見当らぬとは、ひどく悲しい。生れて七十年、どこにも区切りが見当らぬ、となっては、之は又助からぬ気持であろう。ひとつ区切りをつけてやろうか。僕は時にこう考える。さて、そこで、然らば「如何にして」ということになるのであるが、ここに至って再び僕は参ってしまう。多分誰でも同じことを考えると思うけれども、僕も又「結婚」というひとつの区切りに就て先ず考える。
「青春論」坂口安吾(青空文庫)
末尾部(原文より)
その当時は僕も閉口して、イエ、小説家は山師の仕事ではありません、と言ったかも知れないが(良く覚えていないのだ)今になって考えると、流石に陰謀政治家は巧いことを言ったものだ。尤も彼は山師の意味を僕とは違った風に用いているのかも知れないが、僕は全く小説は山師の仕事だと考えている。金が出るか、ニッケルが出るか、ただの山だか、掘り当ててみるまでは見当がつかなくて、とにかく自分の力量以上を賭けていることが確かなのだから。もっと普通の意味に於ても小説家はやっぱり山師だと僕は考えている。山師でなければ賭博師だ。すくなくとも僕に関する限りは。 こういう僕にとっては、所詮一生が毒々しい青春であるのはやむを得ぬ。僕はそれにヒケ目を感じること無きにしもあらずという自信のない有様を白状せずにもいられないが、時には誇りを持つこともあるのだ。そうして「淪落に殉ず」というような一行を墓に刻んで、サヨナラだという魂胆をもっている。 要するに、生きることが全部だというより外に仕方がない。
「青春論」坂口安吾(青空文庫)
名文
今が自分の青春だというようなことを僕はまったく自覚した覚えがなくて過してしまった。いつの時が僕の青春であったか。どこにも区切りが見当らぬ。
安吾『青春論』の書き出し。区切りのない自分の青春を振り返るところから、生き方と文学をめぐる長い思索が始まる。
要するに、生きることが全部だというより外に仕方がない。
『青春論』の結びの一文。一生が毒々しい青春であることを引き受けた末の言葉で、安吾の人生観を最も短く言い表している。
原文を読む
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