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死と影(坂口安吾)のあらすじ・登場人物

死の翳をまとった淪落の日々

  • 心理

坂口安吾 1948年(昭和23年)9月 「文学界」

文字数
5,160字
読了目安
約10分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 東京都

この作品について

恋人と別れたあと、意志したわけでもなく「淪落のただなか」に住みついてしまった作者の日々を回想する短編。酒、似顔絵描きの三平、歌舞伎の女形ヤマサンとの交遊が、死の翳を身にしみつけた「私」の視点で語られる。同じ時期を描いた「三十歳」の後日にあたる内容である。初出は「文学界」1948(昭和23)年9月号。

あらすじ

「私」は矢田津世子と別れたあと、気づけば淪落のなかに住みついていた。半年前に別れた「いづこへ」の女が神保町に喫茶バーを開き、私は酒と肉慾の取引に敗北して、その店に入りびたる。私の下宿には、二人の珍妙な友人がときどき訪ねてきた。一人は銀座の似顔絵描きの「三平」で、アルコール中毒でありながら、必要な飲み代以上は決して稼がず、「人間にはふるさとがある」と私を旅に誘った。もう一人は歌舞伎の女形ヤマサンで、二十歳の美少年は私に惚れて「先生にお仕えしたい」と繰り返し、私を困却させる。私は三平とヤマサンの無欲な魂に心を動かされながらも、「そんな逃げ方をするぐらいなら死ね」という声を耳にして、彼らに従うことができなかった。いつとはなく死の翳が身にしみつき、牧野信一が自殺したその春、私も自分が影だけの人間だと感じる。新しく生きるためには、一人の女を墓にうずめなければならないと思い、墓碑銘のような小説を書きはじめるが、半年で筆を投じた。私は京都にいて、独りだった。孤影、と自分につけた名前のまま、矢田津世子が本当に死ぬまで、自分の力ではダメだったと私は思う。

登場人物

冒頭部(原文より)

 私がそれを意志したわけではなかったのに、私はいつか淪落のたゞなかに住みついていた。たかが一人の女に、と、苦笑しながら。なぜ、生きているのか、私にも、分らなかった。  私が矢田津世子と別れたことを、遠く離れて、嗅ぎつけた女があった。半年前に別れた「いづこへ」の女が、良人とも正式に別れて、田舎の実家へ戻っていたが、友人や新聞雑誌社へ手を廻して、常に私の動勢を嗅ぎ分けていたのであった。

「死と影」坂口安吾(青空文庫)

末尾部(原文より)

 そして私が、わが身のまわりに見たものは、更により深くしみついている死の翳であった。私自身が、影だけであった。そのとき、私は、京都にいた。独りであった。孤影。私は、私自身に、そういう名前をつけていたのだ。  矢田津世子が、本当に死ぬまで、私はついに、私自身の力では、ダメであった。あさはかな者よ。哀れ、みじめな者よ。

「死と影」坂口安吾(青空文庫)

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