篠笹の陰の顔(坂口安吾)のあらすじ・登場人物
自殺を計る友と妹の笑顔
- 心理
- 文字数
- 5,795字
- 読了目安
- 約12分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
アテネ・フランセで知り合った語学の達者な友人・高木と、その妹をめぐる思い出を綴った短編。自殺未遂を繰り返す高木、十四、五歳にしか見えない妹の微笑、そして作者が近ごろ読みふけっている切支丹の書物がつながって、庭の篠笹の陰に浮かぶ顔の印象として結ばれる。初出は「若草」第16巻第4号(1940年4月)。
あらすじ
「私」は、神田のアテネ・フランセでフランス語を習っていたころ、語学の達者な高木と知り合い、親しくなった。二人で歩くとよく警官に訊問されたが、高木は落ち着いて受け答えをし、飄々としていた。高木には先天的な精神錯乱の周期があり、そのたびに幾日も眠らず手記を書き、私に送って自殺を計り、奇妙に何度も失敗した。ある夏の朝、電報で渋谷の高木の家へ行くと、十四、五歳の少女が現れ、微笑を浮かべたまま「兄がまた自殺しそうですので、横須賀の旅館へ行ってみていただけませんか」と告げる。私は呆れながら横須賀へ行ったが、高木は海水浴に出かけていた。後日、少女から詫びの手紙がきて、高木に尋ねると、少女は十九歳の妹だった。高木の父は高名な陰謀政治家で、のちに高木は脳炎で狂死する。危篤の知らせで精神病院に行くと、高木は「死んでくれ。死ななければ、きっとよぶ」と喚き、「怖いのだろう」と問うた。私は「もとより怖いよ」と答えると、高木は落胆して黙りこみ、その死顔は安らかだった。高木の妹はのちに雑誌社に勤め、十八、九歳に見える笑顔のままである。私は近ごろ切支丹の書物ばかり読んでいるが、血を主に捧げた婦人たちの面影を描こうとするとき、いつも浮かぶのは、庭の篠笹の陰の、高木の妹の透明な幼い笑顔だった。
登場人物
- 私 アテネ・フランセで高木と親しくなった作家
- 高木 語学の達者な青年。周期的な精神錯乱があり、たびたび自殺を計る
- 高木の妹 実年齢よりずっと若く見える娘。微笑を絶やさない
冒頭部(原文より)
神田のアテネ・フランセという所で仏蘭西語を習っているとき、十年以上昔であるが、高木という語学の達者な男を知った。 同じ組に詩人の菱山修三がいて、これは間もなく横浜税関の検閲係になって仏蘭西語を日々の友にしていたが、同じ語学が達者なのでも高木は又別で、秀才達が文法をねじふせたり、習慣の相違や単語を一々克明に退治して苦闘のあとをとどめているのに、高木にはその障壁がなくて、子供が母国語を身につけるような自在さがあった。
「篠笹の陰の顔」坂口安吾(青空文庫)
末尾部(原文より)
京極マリヤ。細川ガラシャ。ジュリヤおたあ。死をもって迫られて尚主を棄てなかった婦人達。私の安易な婦人観とはだいぶん違った人達であった。私には、これらの婦人と現実の婦人たちとの関聯や類似がはっきりしない。どういう顔をしていただろうか。日常の弛んだ心にも主の外に棲むことはできなかったのだろうか。そして肉体の中にも?――私には分らないのである。この現実とつなぎ合せる手がかりが見当らない有様である。 けれども私は手をやすめて、血を主に捧げた婦人達のおぼろげな面影を描いている瞬間がある。するとそのとき浮びでるひとつの顔があるのだ。それは高木の妹の笑顔であった。どういうわけだか私は必ず庭の篠笹を思いだし、さやさやと幽かにゆれる葉陰に透明な幼い笑いを視凝めているのであった。
「篠笹の陰の顔」坂口安吾(青空文庫)
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