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下町(林芙美子)のあらすじ・登場人物

行商の女とつかのまの温もり

  • 心理

林芙美子 1949年(昭和24年)4月 「小説新潮」

文字数
11,791字
読了目安
約24分
表記
新字旧仮名
種別
小説
舞台
  • 東京都

この作品について

林芙美子が1949年(昭和24年)、「別冊小説新潮」に発表した短編小説(「下町(ダウン・タウン)」)。芙美子晩年の代表的な短編で、映画化もされた。夫をシベリアに抑留されたまま、東京の下町でお茶を売り歩く行商の女りよが、ふとした縁で一人の男と出会う。戦後の貧しさのなかを生きる庶民の哀歓を、澄んだ筆致で写しとった名短編である。

あらすじ

戦後まもない東京の下町。夫をシベリアに抑留されたまま、りよは、幼い子を抱え、静岡のお茶を売り歩く行商をして、その日その日を生きている。寒い風の吹くある日、りよは、暖まらせてほしいと飛び込んだ鉄材置き場の小屋で、鉢巻をした人柄のよい職人風の男――鶴石と出会う。ぶっきらぼうだが情に厚い鶴石は、寒さにかじかむりよをいたわり、火にあたらせ、茶を買ってやる。それをきっかけに、寄る辺ない者どうしの二人のあいだには、つかのまの温かな交わりが生まれていく。だが、その細やかな幸福は長くは続かなかった。ある日りよは、鶴石が事故で亡くなったことを知る。せめて線香の一本でもと思うものの、りよはそれもあきらめる。どうなるものでもないのだ――。シベリアの夫を待ちながら、それでも東京で生きていこうとするりよは、また肩の荷をゆすりあげ、「静岡のお茶はいりませんでしょうか」と、次の家へ声をかけていく。戦後の下町に生きるひとりの女の、つつましくも切ない日々を、芙美子が晩年の澄んだ筆致で描いた名短編である。

登場人物

冒頭部(原文より)

 風が冷いので、りよは陽の当たる側を選んで歩いた。なるべく小さい家を目的にして歩く。昼頃だつたので、一杯の茶にありつける家を探した。軒づたひに、工事場のやうな板塀を曲つて、銹びた鉄材の積み重ねてある奥をのぞくと、硝子戸の中で、ぱちぱちと火の弾ぜてゐる小舎があつた。

「下町」林芙美子(青空文庫)

末尾部(原文より)

 行商をしてみて、茶が売れなかつたら清水へ帰るつもりで、上京して来たのだけれども、りよは、商売があつても、なくても東京がいゝと思つたし、のたれ死しても東京の方がいまはいゝのだ。  りよは堤の青草の上に腰を降ろした。眼の下の、コンクリートのかけらのそばに、仔猫の死骸が向うむきに捨ててあつた。りよはすぐ立つて肩の荷をゆすぶりあげて駅の方へ歩いた。ふつと横路地をはいると、玄関の硝子格子に、板の打ちつけてある貧しげな家へ声をかけた。「静岡のお茶はいりませんでせうか?」

「下町」林芙美子(青空文庫)

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