泥棒と若殿(山本周五郎)のあらすじ・登場人物
廃屋で結ばれた、若殿と泥棒の情
- 心理
- 歴史
- 文字数
- 20,601字
- 読了目安
- 約41分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
御家騒動に敗れ、荒れ果てた屋敷に幽閉された若殿と、忍びこんだ小盗人・伝九郎。身分も育ちもまるでちがう二人が、雨漏りのする廃屋で奇妙な共同生活を始める。山本周五郎が得意とした「市井のやさしさ」がもっとも澄んだかたちで結晶した中編で、別れの場面の切なさは周五郎作品でも屈指と評される。
あらすじ
御家騒動に敗れ、死ぬこともゆるされずに荒れ果てた下屋敷へ押しこめられた若殿・成信は、生きる気力を失い、日々を投げやりに過ごしていた。ある夜、床の抜けた広縁を踏み抜いてやってきたのは、出刃庖丁を構えた小柄な盗人・伝九郎である。「金を出せ」と凄んでみたものの、屋敷にはなにもない。呆れながらも成信の境遇を知った伝九郎は、そのまま居ついてしまう。米を運び、屋根を繕い、成信のために働いて、二人は妙な同居を始めた。世間を知らぬ若殿は、伝九郎の口ぶりや暮らしの知恵に感心し、伝九郎は伝九郎で、生まれてはじめて人に頼られる喜びを知る。荒れ屋敷にささやかな灯がともり、二人は「一生ふたりで暮せる」と思うほどになった。だがある日、成信のもとに家中の情勢が変わったという知らせが届く。武士として立つ道がふたたび開けたのだ。最後の晩、成信は伝九郎にごちそうをふるまい、別れを告げる。「おまえがおまえらしく生きるように、おれもおれらしく生きたくなったんだ」。「おらあ信さんといっしょにいたかった」と柱を抱いて泣く伝九郎を背に、成信は歯をくいしばって門を出てゆく。まだ西風が強く、夜空はちりばめたような星であった。
登場人物
- 成信 御家騒動に敗れ、荒れ屋敷に幽閉された若殿
- 伝九郎 屋敷に忍びこみ、そのまま居ついた小盗人
- 鮫島平馬 成信に付き従う家臣
冒頭部(原文より)
その物音は初め広縁のあたりから聞えた。縁側の板がぎしっとかなり高く鳴ったのである、成信は本能的に枕許の刀へ手をのばした、しかし指が鞘に触れると、いまさらなんだという気持になって手をひっこめた。 ――もうたくさんだ、どうにでも好きなようにするがいい、飽き飽きした。
「泥棒と若殿」山本周五郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
「それじあ、いっちまうんだな、信さん」伝九郎の声がうしろから追って来た、「おらあもうとめねえよ、――どうかりっぱに出世して呉んな、……祈ってるからな、病まねえようにして、――いつか、もしできたら、会いに来て呉んな、信さん、おらあ待ってるぜ」 歯をくいしばり、耳をふさぐおもいで、成信はずんずん門の外へ出た。 まだ西風が強く、夜空はちりばめたような星であった。 ――信さん、いっちまうのか信さん。 成信の耳には伝九郎のかなしい声がいつまでも聞えていた。
「泥棒と若殿」山本周五郎(青空文庫)
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