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少将滋幹の母(谷崎潤一郎)のあらすじ・登場人物

母を恋う少将滋幹の物語

  • 歴史
  • 家族

谷崎潤一郎 1949年(昭和24年)11月 「毎日新聞」

文字数
83,251字
読了目安
約2時間47分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 京都府

この作品について

谷崎潤一郎が1949年(昭和24)から『毎日新聞』に連載した王朝小説。『今昔物語』などの古典に材を取り、色好みの平中の失敗譚、権勢を誇る左大臣・藤原時平と老臣・国経の北の方をめぐる話、そして幼くして母と離れた少将滋幹の母への思慕を、考証と物語を織り交ぜた独特の語り口で描く。題名にある「母」が、作品全体をつなぐ糸になっている。

あらすじ

藤原時平が権勢を誇った平安の御代、名うての色好み平中は、本院の侍従の君にさんざんに翻弄されていた。その平中の失敗譚に始まり、物語は八十歳に近い老大納言・国経と、その若く美しい北の方へと移る。北の方に懸想した時平は、正月の宴に国経邸を訪れ、酔いに任せた老人から引出物として北の方を貰い受けるという暴挙をやってのける。国経の幼い息子・滋幹は、引き離された母をひそかに恋い慕って育つ。妻を奪われた国経は、執着を断とうと夜の墓所に通って死体を観ずる不浄観の行に挑むが、かえって妄執の深さを思い知らされるばかりであった。やがて時平も国経も世を去り、歳月が流れる。五十を過ぎた滋幹は、母が尼となって比叡山の西坂本に庵を結んでいると知り、春の宵、月光に照らされた花の下で、四十年を隔てた母とめぐり会うのだった。

登場人物

冒頭部(原文より)

此の物語はあの名高い色好みの平中のことから始まる。 源氏物語末摘花の巻の終りの方に、「いといとほしと思して、寄りて御硯の瓶の水に陸奥紙をぬらしてのごひ給へば、平中がやうに色どり添へ給ふな、赤からんはあへなんと戯れ給ふ云々」とある。これは源氏がわざと自分の鼻のあたまへ紅を塗って、いくら拭いても取れないふりをして見せるので、当時十一歳の紫の上が気を揉んで、紙を濡らして手ずから源氏の鼻のあたまを拭いてやろうとする時に、「平中のように墨を塗られたら困りますよ、赤いのはまだ我慢しますが」と、源氏が冗談を云うのである。

「少将滋幹の母」谷崎潤一郎(青空文庫)

末尾部(原文より)

「もし、………ひょっとしたらあなた様は、故中納言殿の母君ではいらっしゃいませんか」 と、滋幹は吃りながら云った。 「世にある時は仰っしゃる通りの者でございましたが、………あなた様は」 「わたくしは、………わたくしは、………故大納言の遺れ形身、滋幹でございます」 そして彼は、一度に堰が切れたように、 「お母さま!」 と、突然云った。尼は大きな体の男がいきなり馳せ寄ってしがみ着いたのに、よろ/\としながら辛うじて路ばたの岩に腰をおろした。 「お母さま」 と、滋幹はもう一度云った。彼は地上に跪いて、下から母を見上げ、彼女の膝に靠れかゝるような姿勢を取った。白い帽子の奥にある母の顔は、花を透かして来る月あかりに暈されて、可愛く、小さく、圓光を背負っているように見えた。四十年前の春の日に、几帳のかげで抱かれた時の記憶が、今歴々と蘇生って来、一瞬にして彼は自分が六七歳の幼童になった気がした。彼は夢中で母の手にある山吹の枝を払い除けながら、もっと/\自分の顔を母の顔に近寄せた。そして、その墨染の袖に沁みている香の匂に、遠い昔の移り香を再び想い起しながら、まるで甘えているように、母の袂で涙をあまたゝび押し拭った。

「少将滋幹の母」谷崎潤一郎(青空文庫)

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