秋風記(太宰治)のあらすじ・登場人物
よい悪事って言葉、ないかしら
- 恋愛
- 心理
- 文字数
- 8,011字
- 読了目安
- 約16分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
「生れて来なければよかった」と思っている男と、同じことを思っている二つ年上の女K。過去も明日も語るまいと誓って旅に出た二人の、山の宿での数日を描いた太宰治の短編。死の匂いを漂わせながら交わされる会話が、乾いた笑いとともに切ない。
あらすじ
「あの、私は、どんな小説を書いたらいいのだろう。私は、物語の洪水の中に住んでいる」——そんな自問から語り出される。私が死んでも、死顔をきれいに化粧してくれるかなしい人がいる。Kである。Kは私より二つ年上の三十二歳。血のつながりはないが、小さいころから家族同様に往き来してきた女性で、いまはKも「生れて来なければよかった」と思っている。生れて十年たたぬうちにこの世のいちばん美しいものを見てしまい、いつ死んでも悔いがない。それでもKは、子供のために、そして私のために生きている。「K、僕を、憎いだろうね」「ああ」とKは厳粛にうなずく。「死んでくれたらいいと思うことさえあるの」。二人は旅に出る。過去も明日も語るまい、家庭の事情も身のくるしさも明日の恐怖も人の思惑もきのうの恥も語ってはならぬ、ただこのひとときのみ静謐であれ——そう沈黙のうちに固く誓約して。山の宿の浴場で、二人はとりとめのない話をする。盲腸の傷跡、長すぎる脚、谷川の音、窓いっぱいの紅葉。「ねえ、よい悪事って言葉、ないかしら」とKが言い、「僕と、一緒に死ぬのかと思った」と私が言うと、Kは「わるい善行」と笑う。旅の終わり、Kは事故で軽い怪我をして自動車で帰り、私はひとり汽車で帰った。数日後、私は銀座で青銅の指輪——黄色い石で水仙の花が飾られたもの——を買ってKに送る。返礼としてKが送ってきたのは、三歳になるKの長女の写真だった。私はけさ、その写真を見た。
登場人物
- 私 「生れて来なければよかった」と思う男
- K 二つ年上の女性。家族同様に育った
冒頭部(原文より)
立ちつくし、 ものを思へば、 ものみなの物語めき、 (生田長江) あの、私は、どんな小説を書いたらいいのだろう。私は、物語の洪水の中に住んでいる。役者になれば、よかった。私は、私の寝顔をさえスケッチできる。 私が死んでも、私の死顔を、きれいにお化粧してくれる、かなしいひとだって在るのだ。Kが、それをしてくれるであろう。
「秋風記」太宰治(青空文庫)
末尾部(原文より)
その夜、私のふところには、雑誌社からもらったばかりのお金が少しあったのである。その青銅の指輪には、黄色い石で水仙の花がひとつ飾りつけられていた。私は、それをKあてに送った。 Kは、そのおかえしとして、ことし三歳になるKの長女の写真を送って寄こした。私はけさ、その写真を見た。
「秋風記」太宰治(青空文庫)
原文を読む
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