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趣味の遺伝(夏目漱石)のあらすじ・登場人物

亡友の墓に花を手向ける女

  • 心理
  • 恋愛

夏目漱石 1906年(明治39年)1月 「帝国文学」

文字数
38,235字
読了目安
約1時間16分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 東京都

この作品について

日露戦争の凱旋風景から書き起こされる中編小説。1906年(明治39年)1月、雑誌「帝国文学」に発表され、のちに初期短編集『漾虚集』に収められた。旅順で戦死した親友の墓前に、見知らぬ美しい女が白菊を手向けていた——その謎を、語り手の「余」が当時の新しい学問だった遺伝の理論で解き明かそうとする。戦争の惨を諷した冒頭と、探偵趣味めいた展開とが同居する漱石初期の異色作。

あらすじ

西片町に住む学者の「余」は、凱旋兵を迎える新橋停車場で、日に焦けた将軍の顔と、帰還した軍曹にぶら下がる小さな老母の姿を見て涙する。同時に思い出したのは、旅順の塹壕へ飛び込んだきり還らぬ親友・河上浩一のことだった。弔いのつもりで駒込の寂光院へ墓参りに出かけた余は、浩さんの墓前に白菊を供えて合掌する見知らぬ美女に出会う。浩さんに女の交際があったとは聞いたことがない。不審に思った余は、母から借りた陣中日記に「郵便局で逢った女の夢を見る」の一行を見つけ、この不思議な結びつきは先祖の恋の記憶が子孫に再現する「趣味の遺伝」で説明できると考えて、両家の血筋をたどりはじめる。

登場人物

冒頭部(原文より)

陽気のせいで神も気違になる。「人を屠りて餓えたる犬を救え」と雲の裡より叫ぶ声が、逆しまに日本海を撼かして満洲の果まで響き渡った時、日人と露人ははっと応えて百里に余る一大屠場を朔北の野に開いた。すると渺々たる平原の尽くる下より、眼にあまる狗の群が、腥き風を横に截り縦に裂いて、四つ足の銃丸を一度に打ち出したように飛んで来た。狂える神が小躍りして「血を啜れ」と云うを合図に、ぺらぺらと吐くの舌は暗き大地を照らして咽喉を越す血潮の湧き返る音が聞えた。

「趣味の遺伝」夏目漱石(青空文庫)

末尾部(原文より)

余は色の黒い将軍を見た。婆さんがぶら下がる軍曹を見た。ワーと云う歓迎の声を聞いた。そうして涙を流した。浩さんは塹壕へ飛び込んだきり上って来ない。誰も浩さんを迎に出たものはない。天下に浩さんの事を思っているものはこの御母さんとこの御嬢さんばかりであろう。余はこの両人の睦まじき様を目撃するたびに、将軍を見た時よりも、軍曹を見た時よりも、清き涼しき涙を流す。博士は何も知らぬらしい。

「趣味の遺伝」夏目漱石(青空文庫)

名文

陽気のせいで神も気違になる。「人を屠りて餓えたる犬を救え」と雲の裡より叫ぶ声が、逆しまに日本海を撼かして満洲の果まで響き渡った時、日人と露人ははっと応えて百里に余る一大屠場を朔北の野に開いた。

夏目漱石『趣味の遺伝』(1906年)の書き出し。日露戦争の戦場を、狂った神が血を求める幻想として描き出す。漢語を連ねた雄弁な文体で始まり、やがて戦死した友の墓に詣でる女の謎へと話が移っていく。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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