修身要領(福沢諭吉)のあらすじ・登場人物
独立自尊の二十九か条
- 社会
- 文字数
- 2,401字
- 読了目安
- 約5分
- 表記
- 新字旧仮名
この作品について
1900年(明治33年)2月、慶応義塾の社中が福沢諭吉の平素の言行をもとに起草し、福沢の閲覧を経て発表した、二十九か条の道徳綱領。「独立自尊」を修身処世の根本とし、自労自活、男女同等、一夫一婦、博愛、国民の権利と義務などを簡潔な条文で示す。
あらすじ
今の青年学生から、文明の世の修身処世は何を主義とすべきかという問いが出るのに答えるため、福沢の言行に基づいて書かれたと序で述べる。第一条は、人が人としての品位を進め、智徳を磨くことを本分とし、独立自尊を修身処世の要領とする。以下、心身の独立と自らを尊ぶこと、自労自活、健康の保持、自殺を戒めること、進取の勇気、自ら思慮判断する力を挙げる。男尊女卑を野蛮の陋習として退けて男女の同等を説き、一夫一婦の結婚、親子の愛、子女の教育を述べる。さらに社会の基は一人一家の独立自尊にあるとし、他人の権利を尊重すること、怨みを晴らす私的な復讐を戒めること、業務への忠実、信と礼、博愛、文芸の嗜みなどを定める。国民については、政府が国民の身体・生命・財産・名誉・自由を守る代わりに、軍事に服し国費を負担し、立法に関わって国費の用途を監督するのは権利であり義務だと述べる。教育の力が智愚強弱の差を縮めるとし、この要領を広く社会に及ぼして最大幸福の域に進むことを期して結ぶ。
冒頭部(原文より)
凡そ日本国に生々する臣民は、男女老少を問はず、万世一系の帝室を奉戴して、其恩徳を仰がざるものある可らず。此一事は、満天下何人も疑を容れざる所なり。而して今日の男女が今日の社会に処する道を如何す可きやと云ふに、古来道徳の教、一にして足らずと雖も、徳教は人文の進歩と共に変化するの約束にして、日新文明の社会には自から其社会に適するの教なきを得ず。即ち修身処世の法を新にするの必要ある所以なり。 第一条 人は人たるの品位を進め、智徳を研き、ます/\其光輝を発揚するを以て、本分と為さざる可らず。吾党の男女は、独立自尊の主義を以て修身処世の要領と為し、之を服膺して、人たるの本分を全うす可きものなり。 第二条 心身の独立を全うし、自から其身を尊重して、人たるの品位を辱めざるもの、之を独立自尊の人と云ふ。
「修身要領」福沢諭吉(青空文庫)
末尾部(原文より)
独り自ら尊大にして他国人を蔑視するは、独立自尊の旨に反するものなり。 第二十七条 吾々今代の人民は、先代前人より継承したる社会の文明福利を増進して、之を子孫後世に伝ふるの義務を尽さざる可らず。 第二十八条 人の世に生るゝ、智愚強弱の差なきを得ず。智強の数を増し愚弱の数を減ずるは教育の力に在り。教育は即ち人に独立自尊の道を教へて之を躬行実践するの工風を啓くものなり。 第二十九条 吾党の男女は、自ら此要領を服膺するのみならず、広く之を社会一般に及ぼし、天下万衆と共に相率ゐて、最大幸福の域に進むを期するものなり。
「修身要領」福沢諭吉(青空文庫)
名文
心身の独立を全うし、自から其身を尊重して、人たるの品位を辱めざるもの、之を独立自尊の人と云ふ。
慶応義塾の『修身要領』第二条。福沢の標語として知られる「独立自尊」とは何かを、短く定義した条文である。
男尊女卑は野蛮の陋習なり。文明の男女は同等同位、互に相敬愛して各その独立自尊を全からしむ可し。
『修身要領』第八条。男尊女卑を野蛮の陋習と断じ、男女が対等に敬い合うことを求めた条文で、明治の道徳綱領として踏み込んだ一条である。
原文を読む
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