水仙(太宰治)のあらすじ・登場人物
彼女は本当に天才だったのか
- 心理
- 文字数
- 11,364字
- 読了目安
- 約23分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
菊池寛「忠直卿行状記」への疑いから語り起こされる、太宰治の短編。あの殿様は本当に剣術の名人だったのではないか——才能の真贋という主題が、絵を描く静子夫人をめぐる物語に重ねられる。天才を認めるとはどういうことか、認めない者の卑劣さとはどういうものかを、鋭く突く一編である。
あらすじ
十三、四のころ読んだ「忠直卿行状記」を、僕は忘れることができない。剣術の腕を家来にほめられていた殿様が、実は皆わざと負けていたのだと知って狂ってゆく話である。だが最近、気味の悪い疑念が起きた——その殿様は、本当に素晴らしい名人だったのではあるまいか。家来たちは本当に敵わなかったのに、庭園の私語は卑劣な負け惜しみに過ぎなかったのではないか。あり得ることだ。僕たちだって、佳い先輩に参ってしまった後で、陰では悪口を言うではないか。そう書きおこして、「僕」は草田氏という老画伯の家に出入りする静子夫人のことを語りはじめる。金持の夫人である静子は絵を描き、周囲の画家たちは彼女を「天才」ともてはやしていた。おべっかであることは誰の目にも明らかで、僕もそう思っていた。ある日、僕は静子夫人をこっぴどくやっつけ、彼女は絵をやめ、酒に溺れるようになる。やがて夫人の描いた「水仙」の絵を目にした僕は、それを引き裂いてストーヴにくべた。「つまらない絵じゃありませんか。あなた達は、お金持の奥さんに、おべっかを言っていただけなんだ」——けれども、と「僕」は書く。水仙の絵は、断じてつまらない絵ではなかった。美事だった。なぜそれを引き裂いたのか、それは読者の推量にまかせる。静子夫人はそのとしの暮に自殺した。「僕の不安は増大する一方である。……二十世紀にも、芸術の天才が生きているのかも知れぬ」。
登場人物
- 僕 静子夫人の絵を否定した男
- 静子夫人 絵を描く金持の夫人
- 草田氏 静子夫人を「天才」と呼ぶ老画伯
冒頭部(原文より)
「忠直卿行状記」という小説を読んだのは、僕が十三か、四のときの事で、それっきり再読の機会を得なかったが、あの一篇の筋書だけは、二十年後のいまもなお、忘れずに記憶している。奇妙にかなしい物語であった。
「水仙」太宰治(青空文庫)
末尾部(原文より)
僕はその絵を、さらにこまかに引き裂いて、ストーヴにくべた。僕には、絵がわかるつもりだ。……水仙の絵は、断じて、つまらない絵ではなかった。美事だった。なぜそれを僕が引き裂いたのか。それは読者の推量にまかせる。静子夫人は、草田氏の手許に引きとられ、そのとしの暮に自殺した。僕の不安は増大する一方である。
「水仙」太宰治(青空文庫)
原文を読む
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