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天才になりそこなった男の話(坂口安吾)のあらすじ・登場人物

頭を打った男が羨まれる

  • 風刺

坂口安吾 1935年(昭和10年)2月 「東洋大学新聞」

文字数
2,221字
読了目安
約4分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

自動車にはねられて頭蓋骨に亀裂を負った話をすると、大概の人は御愁傷様という顔をする。ところがただ一人、羨望のあまり長大息を洩らした男がいた——詩人・菱山修三をモデルにした人物の奇行を、安吾がおかしみたっぷりに書きとめた掌篇。新聞を読んだことがないまま新聞社の入社試験を受けた話に始まり、月を見せると言って雨戸を開ける最後の一場面まで、笑いのなかにどこか切ないものが残る。

あらすじ

東洋大学の学生だったころ、学年試験の最中に校門前で自動車にはねとばされた。二、三間空中に舞いあがり、途中一回転のもんどりを打って落下したが、左頭部をコンクリートへ叩きつけて頭蓋骨に亀裂がはいり、以後二年間水薬を飲みつづけた。廃人になるのではないかと悩んで憂鬱だった——こんな話をすると大概の人は御愁傷様でというような似たりよったりの顔をするものだが、ここにたった一人、豆鉄砲をくらった鳩のように唖然とし、続いて羨望のあまり長大息を洩らした男があった。菱山修三という詩人である。……この詩人が外国語学校を卒業して朝日新聞の入社試験を受けにいったとき、学生時代というもの完全に新聞を読んだことがなく、書斎と学校のほかには何一つ知らなかった。満洲事変が勃発したばかりで街には千人針の婦人が立ち、四方八方が肉弾三勇士のレコードで物状騒然としていたから、先生も戦争のほうだけは近いところでやっているらしいと感づいてはいた。以後、この浮世離れした詩人をめぐる逸話が次々に語られてゆく。最後の場面で、先生は月を見せようと言いながら雨戸を開ける。ところが月がない。まっくらだ。左右をさぐり、とうとう縁の下の方まで探しても、やっぱり月はない。

登場人物

冒頭部(原文より)

 東洋大学の学生だったころ、丁度学年試験の最中であったが、校門の前で電車から降りたところを自動車にはねとばされたことがあった。相当に運動神経が発達しているから、二、三間空中に舞いあがり途中一回転のもんどりを打って落下したが、それでも左頭部をコンクリートへ叩きつけた。

「天才になりそこなった男の話」坂口安吾(青空文庫)

末尾部(原文より)

 そう言いながら雨戸を開けた。と、月がない。まっくらだ。左右をさぐり、先生とうとう縁の下の方まで探した。やっぱり月はない。 「ああ、今日は月が出ていないね。又、この次、月を見てくれたまえ」  先生こう悲しげに呟いて静かにもどってきた。

「天才になりそこなった男の話」坂口安吾(青空文庫)

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