途上(谷崎潤一郎)のあらすじ・登場人物
「プロバビリティーの犯罪」
- ミステリ
- 文字数
- 16,060字
- 読了目安
- 約32分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
谷崎潤一郎が1920年(大正9年)、「改造」に発表した短編小説。会社員・湯河勝太郎が、見知らぬ私立探偵に声をかけられ、歩きながら奇怪な話を聞かされる。それは、証拠を一切残さず、ただ「死ぬ確率」をわずかずつ高めていくことで人を死に至らしめる「プロバビリティーの犯罪」――湯河の先妻の死をめぐる、恐るべき推理だった。日本の推理小説の先駆的作品として名高く、江戸川乱歩も高く評価した、知的で戦慄的な一編である。
あらすじ
年の暮れの夕暮れ、会社員で法学士の湯河勝太郎は、新橋近くの橋の上で、見知らぬ立派な紳士に呼び止められる。私立探偵だというその男は、湯河と並んで歩きながら、雑談を装って恐ろしい話を切り出す。世の中には、証拠を残して人を殺す「確定的犯罪」のほかに、決して罪に問われることのない「プロバビリティー(蓋然性)の犯罪」というものがある、と。たとえば、病弱な人間の周囲に、それとわからぬように危険をわずかずつ増やしていく――風邪をひきやすく仕向け、感染の機会を高め、薬の効きを鈍らせる。どれ一つをとっても罪にはならないが、それらが積み重なれば、やがて相手は「自然に」死んでいく。探偵は、湯河の先妻が病で亡くなり、湯河がその後、意中の女性と再婚しようとしている経緯を、さりげなく、しかし執拗にたどっていく。世間話のかたちを装いながら、探偵の言葉は少しずつ、湯河こそが、まさにその「確率の殺人」によって先妻を死なせたのではないか、という一点へと迫っていく。歩みを進めるうちに、湯河の顔からは血の気が引いていく――。証拠なき完全犯罪の恐怖を、谷崎が知的な会話劇として描き出した、日本推理小説の先駆的名品である。
登場人物
- 湯河勝太郎 会社員で法学士。先妻を病で亡くし、意中の女性と再婚しようとしている。私立探偵に恐ろしい推理を突きつけられる
- 私立探偵 湯河に声をかけ、歩きながら「プロバビリティーの犯罪」の話を通じて、湯河の先妻の死の真相に迫る
冒頭部(原文より)
東京T・M株式会社員法学士湯河勝太郎が、十二月も押し詰まった或る日の夕暮の五時頃に、金杉橋の電車通りを新橋の方へぶらぶら散歩している時であった。 「もし、もし、失礼ですがあなたは湯河さんじゃございませんか」 ちょうど彼が橋を半分以上渡った時分に、こう云って後ろから声をかけた者があった。湯河は振り返った、―――すると其処に、彼には嘗て面識のない、しかし風采の立派な一人の紳士が慇懃に山高帽を取って礼をしながら、彼の前へ進んで来たのである。
「途上」谷崎潤一郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
其処の前まで来ると、探偵は「あはははは」と大声で笑い出した。 「あはははは、もういけませんよ。もうお隠しなすってもいけませんよ。あなたはさっきから顫えていらっしゃるじゃありませんか。先の奥様のお父様が今夜僕の家であなたを待っているんです。まあそんなに怯えないでも大丈夫ですよ。ちょっと此処へお這入んなさい」 彼は突然湯河の手頸を掴んでぐいと肩でドーアを押しながら明るい家の中へ引き擦り込んだ。電燈に照らされた湯河の顔は真青だった。彼は喪心したようにぐらぐらとよろめいて其処にある椅子の上に臀餅をついた。
「途上」谷崎潤一郎(青空文庫)
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