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半七捕物帳 帯取りの池(岡本綺堂)のあらすじ・登場人物

伝説の池に浮かぶ娘の帯

  • ミステリ
  • 歴史

岡本綺堂 1918年(大正7年) 「文芸倶楽部」

文字数
15,426字
読了目安
約31分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 東京都

この作品について

岡本綺堂「半七捕物帳」の第八話で、1918年(大正7年)に「文芸倶楽部」に掲載された。半七老人が万延版の江戸絵図を広げ、市ヶ谷にあった「帯取りの池」の由来から語り起こす。水面に浮かぶ錦の帯を取ろうとした旅人が池の底へ引き込まれるという言い伝えのある池に、安政六年の春、若い女の派手な帯が浮かんでいるのが見つかる。やがて帯の持ち主が、合羽坂下に母と暮らす美しい娘おみよと知れ、事件は動き出す。池の伝説の不気味さと、花見どきの雑司ヶ谷鬼子母神の門前のにぎわいとが対照的に描かれ、手先のひょろ松を連れた半七の探索が山の手から内藤新宿へと広がっていく。

あらすじ

安政六年三月、市ヶ谷の帯取りの池に、麻の葉絞りの派手な女帯が浮かんでいるのが見つかる。その二日後、帯の持ち主である合羽坂下の娘おみよが、母おちかと練馬の親類へ出かけたはずなのに、自宅の六畳で絞め殺されたような姿で見つかった。手先の松吉が、おみよは旗本大久保式部の隠居に囲われていたと聞き込み、半七は雑司ヶ谷の下屋敷を見に行くが、屋敷の者の仕業ではないと見る。帰りに寄った鬼子母神で、内藤新宿の長唄の師匠・杵屋お登久に出会い、恋仲の古着屋の千次郎が十日ほど前から行方知れずだと聞く。茶屋の女中から、千次郎がもと奉公先の近所の娘と月に二、三度ここで逢っていたこと、十日前の娘が麻の葉絞りの帯を締めていたことを確かめる。一方、おみよの家からは本人の書置が見つかり、自害と見なされつつあった。半七は、お登久が稽古の月浚いを休み、毎日のように店屋物を取っていることから、千次郎を床下の戸棚にかくまっていると見抜く。半七が、千次郎はおみよと心中をはかって女だけ死なせたと話すと、嫉妬に駆られたお登久は自ら男を引きずり出す。千次郎の白状によれば、おみよは雑司ヶ谷での密会を屋敷の者に見られ、手討ちを恐れて首を吊った。駆けつけた千次郎は亡骸を寝かせ、帯を抱いて死に場所を探したが死にきれず、池に帯を投げ込んで逃げたのだった。半七は叱るだけで許してやり、一月後、お登久と千次郎は仲よく礼に来た。

登場人物

冒頭部(原文より)

一 「今ではすっかり埋められてしまって跡方も残っていませんが、ここが昔の帯取りの池というんですよ。江戸の時代にはまだちゃんと残っていました。御覧なさい。これですよ」  半七老人は万延版の江戸絵図をひろげて見せてくれた。市ヶ谷の月桂寺の西、尾州家の中屋敷の下におびとりの池という、かなり大きそうな池が水色に染められてあった。

「半七捕物帳 帯取りの池」岡本綺堂(青空文庫)

末尾部(原文より)

「どうと云ってしようがありませんや」と、老人は笑っていた。「それが心中の片相手ならば下手人にもなりますが、女は自分ひとりで死んだんですから、男は別に構ったことはありません。表向きにすれば、お叱りの上で町役人にでも預けられるのですが、それも可哀そうでもあり、面倒でもありますから、その場でわたくしが叱っただけで、まあ堪忍してやりましたよ。そこで可笑しいのはそれから一と月ほど経ちますとね、お登久と千次郎と仲良く二人づれで私のところへ礼に来ましたよ。男が無事に済んだから好いようなものの、一旦こっちへ引き渡した以上、もし重い科人になったらもう取り返しは付きませんや。それを云ってわたくしがお登久にからかいますと、お登久はまじめな顔をして、女っていうものは皆んなそんなもんですって……。はははははは」

「半七捕物帳 帯取りの池」岡本綺堂(青空文庫)

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