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藪の中(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物

七つの声でたどる事件

  • ミステリ
  • 歴史

芥川龍之介 1922年(大正11年)1月 「新潮」

文字数
8,495字
読了目安
約17分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 京都府

この作品について

1922年(大正11年)1月、『新潮』に発表された短編小説。『今昔物語集』の説話を下敷きに、山科の山中で見つかった武士の死をめぐる人々の語りを、七つの章に配している。死骸を発見した木樵や、旅の途中で武士を見かけた法師などが、検非違使の問いに答える形で話し始める。出来事を外から説明する地の文を置かず、証言や告白を重ねて場面を組み立てる構成が特徴である。語り手ごとに変わる口調や、何を強調し何を語らないかという違いが、言葉と事実の関係を考える手がかりになる。同年の作品集『将軍』に収録され、のちには黒澤明監督の映画『羅生門』(1950年)の主要な原作となった。映画は別の短編『羅生門』の舞台設定も取り入れており、二つの作品が映像の中で結びついている。古典の翻案と複数の声による構成が交わる、芥川の代表作の一つである。

あらすじ

山科の山中で若狭の武士・金沢武弘の死骸が発見される。検非違使の取り調べに、木樵りは死骸を発見した状況を、旅法師は生前の武弘が妻の真砂と馬で通りかかるのを見た様子を証言する。捕えられた盗人・多襄丸は、自分が武弘を殺したことを認めながらも、真砂の美しさに目がくらんで夫を騙して縛り上げ、手篭めにしたこと、その後真砂に望まれて武弘と正々堂々の太刀打ちの末に殺したのだと語り、女の行方は知らないと白状する。一方、清水寺に懺悔に来た真砂は、手篭めにされた自分を夫が冷たい眼で蔑んだことに絶望し、いっそ二人で死のうと夫の胸に小刀を突き立てたが、自分だけは死にきれなかったのだと涙ながらに語る。さらに巫女の口を借りて語られる武弘自身の霊の証言は、盗人に唆された妻が「あの人を殺して下さい」と盗人に叫んだことに絶望し、妻が逃げ去った後、みずから小刀で胸を貫いて自害したのだと明かす。三者三様の告白は、武弘の死の経緯をめぐって食い違ったまま終わる。

登場人物

冒頭部(原文より)

検非違使に問われたる木樵りの物語 さようでございます。あの死骸を見つけたのは、わたしに違いございません。わたしは今朝いつもの通り、裏山の杉を伐りに参りました。すると山陰の藪の中に、あの死骸があったのでございます。あった処でございますか? それは山科の駅路からは、四五町ほど隔たって居りましょう。竹の中に痩せ杉の交った、人気のない所でございます。

「藪の中」芥川龍之介(青空文庫)

末尾部(原文より)

おれはやっと杉の根から、疲れ果てた体を起した。おれの前には妻が落した、小刀が一つ光っている。おれはそれを手にとると、一突きにおれの胸へ刺した。何か腥い塊がおれの口へこみ上げて来る。が、苦しみは少しもない。ただ胸が冷たくなると、一層あたりがしんとしてしまった。ああ、何と云う静かさだろう。この山陰の藪の空には、小鳥一羽囀りに来ない。ただ杉や竹の杪に、寂しい日影が漂っている。日影が、――それも次第に薄れて来る。――もう杉や竹も見えない。おれはそこに倒れたまま、深い静かさに包まれている。その時誰か忍び足に、おれの側へ来たものがある。おれはそちらを見ようとした。が、おれのまわりには、いつか薄闇が立ちこめている。誰か、――その誰かは見えない手に、そっと胸の小刀を抜いた。同時におれの口の中には、もう一度血潮が溢れて来る。おれはそれぎり永久に、中有の闇へ沈んでしまった。………

「藪の中」芥川龍之介(青空文庫)

名文

さようでございます。あの死骸を見つけたのは、わたしに違いございません。

検非違使の尋問に答える木樵りの言葉から始まる。証言が食い違ったまま真相に届かない構成は、「藪の中」という言い回しを日本語に残した。

誰か、――その誰かは見えない手に、そっと胸の小刀を抜いた。同時におれの口の中には、もう一度血潮が溢れて来る。おれはそれぎり永久に、中有の闇へ沈んでしまった。

巫女の口を借りて語られる死霊(金沢武弘)の物語の結び。胸の小刀を抜いたのが誰なのかは明かされないまま証言は闇に沈み、真相は読者に委ねられる。

原文を読む

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