半七捕物帳 弁天娘(岡本綺堂)のあらすじ・登場人物
小僧の遺言が名指す弁天娘
- ミステリ
- 歴史
- 文字数
- 18,852字
- 読了目安
- 約38分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
岡本綺堂「半七捕物帳」の第十三話で、1918年(大正7年)に「文芸倶楽部」に掲載された。安政と改元された年の三月、浅草の三社祭りへ出かけようとしていた半七のもとに、神田明神下の質屋山城屋の番頭が相談に来る。宿下がりして死んだ十六の小僧が、死にぎわに「店のお此さんに殺された」と言い残し、その兄から大金を求められているという。お此は二十七になる美しい一人娘だが、婚約者が次々に死んだため縁遠く、不忍の弁天様の申し子ゆえと噂されて「弁天娘」と呼ばれていた。大店の娘の秘めた暮らしと本所の魚屋の夫婦の家庭を行き来しながら、半七が事の真相を探っていく一編。
あらすじ
安政元年三月、半七のもとに神田明神下の質屋山城屋の番頭利兵衛が相談に来る。宵節句の晩から口中が腫れて口もきけなくなった十六の小僧徳次郎が、宿下がりして死ぬ間際に、店の娘お此に殺されたと言い残したという。本所相生町の魚屋で兄の徳蔵は、お此を下手人に訴えると言って三百両を求めてきた。お此は二十七の美しい娘だが、許婚が四人も変死し、不忍の弁天の申し子ゆえと噂されて「弁天娘」と呼ばれ、裏の隠居所で耳の遠い祖母と暮らしていた。弔問に出向いた半七は、井戸端で女房お留が「意気地がない」と夫を責めるのを見る。結局山城屋は百両で内済にし、徳蔵は一札を入れて弟を葬った。半七は、宵節句の日にお此の部屋の障子が猫に破られたとして貼り替えられたことを聞き出す。忍んで来た徳次郎が障子を舌でなめて破り、のぞいたところを、お此が戯れに縫い針で突き、その傷がもとで死んだと見て、利兵衛に内々に伝える。その夜、徳蔵が香奠めあての賊に殺されたと知らせが入る。半七は店先の蠑螺の殻のなかに血の指の跡の付いた百両包みを見つける。吉原上がりの女房お留は、伝介という情夫を持ちながら金に執着し、百両を独り占めしようとして見つかり、夫を鰺切り包丁で殺したのだった。お留は磔刑となった。お此は利兵衛を婿に迎えたが、翌年の六月、不忍の池に身を投げた。
登場人物
- 半七 神田の岡っ引。三社祭りの日に質屋の相談を受ける
- お此 神田明神下の質屋山城屋の一人娘。二十七で「弁天娘」と呼ばれる
- 利兵衛 山城屋の番頭。律儀な白鼠
- 徳次郎 山城屋の十六の小僧。芝居の久松のような美少年
- 徳蔵 徳次郎の兄で本所相生町の魚屋
- お留 徳蔵の女房。吉原の河岸店上がりで、よく働く
- 伝介 浅草の刻み煙草売り。裏で小博奕を打つ無頼漢
冒頭部(原文より)
一 安政と年号のあらたまった年の三月十八日であった。半七はこれから午飯を食って、浅草の三社祭りを見物に出かけようかと思っているところへ、三十五六の男がたずねて来た。かれは神田の明神下の山城屋という質屋の番頭で、利兵衛という白鼠であることを半七はかねて知っていた。
「半七捕物帳 弁天娘」岡本綺堂(青空文庫)
末尾部(原文より)
「いいえ、なんでも六月頃でしたろうか、ある晩そっと家をぬけ出して不忍の池へ身を投げたんです。死骸が見付からないなんていうのは嘘で、蓮のあいだに浮きあがった死骸はたしかに山城屋で引き取りました。いっそ死ぬならば、婿を取らないうちに死にそうなもんでしたが、どういうわけか判りません。弁天様の申し子はとうとう弁天様に取り返されたのだと世間では専ら噂していました。そうして、巳の日の晩には池のうえで娘の姿を見たものがあるとか云っていましたが、嘘かほんとうか知りません」
「半七捕物帳 弁天娘」岡本綺堂(青空文庫)
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