東京八景(太宰治)のあらすじ・登場人物
八つの風景に託す青春の訣別
- 心理
- 文字数
- 20,659字
- 読了目安
- 約41分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
太宰治が1941年(昭和16年)1月、『文学界』に発表した自伝的な中編。三十二歳の「私」が、青春への訣別として、東京で過ごした十年間を八つの風景に託して書きつづる。伊豆の温泉宿で筆を執る現在から、上京してからの放蕩、非合法運動、心中、結婚、貧窮と再起の日々を、東京のさまざまな場所の記憶とともにたどる。自嘲と痛切さのなかに、静かな矜持がにじむ、太宰の自伝的作品の代表作。
あらすじ
昭和十五年七月、少しばかりの金の余裕を得た三十二歳の「私」は、伊豆の南のさびれた温泉村にこもる。かねて書きたかった短編「東京八景」——十年間の東京生活を、その時々の風景に託してつづる作品を、青春への訣別の辞として書き上げるためである。昭和五年の春、Hという女と暮らしはじめた上京当初の日々。非合法運動にのめり込み、警察に追われ、心中事件を起こし、Hと別れ、多額の負債を負ったこと。やがて見合い結婚をして、ようやく人心地つき、貧しいながらも書きたいものを書けるようになるまで。戸塚、本所、白金——東京の八つの場所の記憶をたぐりながら、「私」は苦難にみちた十年をふり返る。増上寺の山門の一景を得て構想のととのった「私」は、大地図と原稿用紙を携え、いさんで伊豆へと旅立つのだった。
登場人物
- 私 三十二歳の作家。東京での十年をふり返る語り手
- H 上京後、私と暮らした女性。のちに別れる
- T君 私の妹と結婚することになる青年
冒頭部(原文より)
伊豆の南、温泉が湧き出ているというだけで、他には何一つとるところの無い、つまらぬ山村である。戸数三十という感じである。こんなところは、宿泊料も安いであろうという、理由だけで、私はその索寞たる山村を選んだ。昭和十五年、七月三日の事である。
「東京八景」太宰治(青空文庫)
末尾部(原文より)
増上寺山門の一景を得て、私は自分の作品の構想も、いまや十分に弓を、満月の如くきりりと引きしぼったような気がした。それから数日後、東京市の大地図と、ペン、インク、原稿用紙を持って、いさんで伊豆に旅立った。伊豆の温泉宿に到着してからは、どんな事になったか。旅立ってから、もう十日も経つけれど、まだ、あの温泉宿に居るようである。何をしている事やら。
「東京八景」太宰治(青空文庫)
名文
人間のプライドの窮極の立脚点は、あれにも、これにも死ぬほど苦しんだ事があります、と言い切れる自覚ではないか。私は丙種合格で、しかも貧乏だが、いまは遠慮する事は無い。
太宰治『東京八景』(1941年)の終わり近く。出征する知人の父親の前で、気後れせずに大声で言葉をかけた場面に添えた一節。十年の東京生活の苦しみを、恥ではなく誇りの拠りどころとして言い直している。
原文を読む
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