菜穂子(堀辰雄)のあらすじ・登場人物
母と娘、二代の心の軌跡
- 心理
- 文字数
- 88,789字
- 読了目安
- 約2時間58分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 長野県
この作品について
堀辰雄が1941年(昭和16年)、「中央公論」に発表した中編小説。「風立ちぬ」と並ぶ堀の代表作である。亡き母が娘のために残した日記(「楡の家」)に始まり、満たされぬ結婚生活のなかで胸を病み、信州のサナトリウムへと入った菜穂子の、揺れる内面を描く。母と娘、二代にわたる女性の心の軌跡を、澄んだ抒情と繊細な心理描写でたどった、堀辰雄の心理小説の到達点である。
あらすじ
物語は、菜穂子の亡き母・三村夫人が、娘のために書き残した日記(「楡の家」)から始まる。夫を早くに亡くした夫人は、二人の子――兄の征雄と、気の強い娘の菜穂子――を連れて、浅間山麓の寂れた宿場・O村の楡の木のある山小屋にこもり、静かに暮らしていた。年頃になるにつれ理知的になり、母と心を通わせなくなっていく菜穂子への思いを、夫人は日記につづる。やがて母亡きあと、菜穂子はある家に嫁ぐが、夫との心の通わぬその結婚は、満たされぬものだった。胸を病んだ菜穂子は、信州の山あいのサナトリウムへと入り、死の影に囲まれた療養の日々を送る。彼女の心には、幼なじみの青年・都築明への、口には出さぬ思いも揺れている。ある日、菜穂子は療養所をひそかに抜け出して山を下り、小さなホテルで一夜を過ごす。ひとりきりの心細さのなかで、彼女はふと、これまで一つ所にとどまっていては見えなかった人生のさまざまな断面が、新しい生き方をそれとなく指し示してくれているように感じる――。母と娘、二代にわたる女性の心の軌跡を、堀辰雄が澄んだ抒情と繊細な心理描写で描いた代表作である。
登場人物
- 菜穂子 三村夫人の娘。満たされぬ結婚生活のなかで胸を病み、信州のサナトリウムで療養する。幼なじみの都築明への思いを胸に秘める
- 三村夫人 菜穂子の母。夫を亡くし、浅間山麓の楡の家で二人の子を育てた。娘のために日記を書き残す
- 都築明 菜穂子の幼なじみの青年。菜穂子を思い続ける
- 征雄 菜穂子の兄。医師となる
冒頭部(原文より)
楡の家 第一部 菜穂子、 私はこの日記をお前にいつか読んで貰うために書いておこうと思う。私が死んでから何年か立って、どうしたのかこの頃ちっとも私と口を利こうとはしないお前にも、もっと打ちとけて話しておけばよかったろうと思う時が来るだろう。そんな折のために、この日記を書いておいてやりたいのだ。
「菜穂子」堀辰雄(青空文庫)
末尾部(原文より)
彼女はそんな考えに耽りながら、もうぼおっと白いもののほかは何も見えなくなり出した戸外の景色を、まだ何んという事もなしに、眺め続けていた。そうやって冷い硝子に自分の顔を押しつけるようにしているのが、彼女にはだんだん気持ちよく感ぜられて来ていた。広間のなかは彼女の顔がほてり出す程、暖かだったのだ。彼女はこう云う気持ちよさにも、自分が明日帰って行かなければならない山の療養所の吸いつくような寒さを思わずにはいられなかった。…… 給仕が食事の用意の出来たことを知らせに来た。彼女は黙って頷き、急に空腹を感じ出しながら、その儘自分の部屋へは帰らずに、さっきから静かに皿の音のし出している奥の食堂の方へ向って歩き出した。
「菜穂子」堀辰雄(青空文庫)
原文を読む
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