アプリで読む

無料・登録不要

津軽(太宰治)のあらすじ・登場人物

生まれた土地を旅人として歩く

  • 家族

太宰治 1944年(昭和19年)11月 「書き下ろし」

文字数
111,656字
読了目安
約3時間43分
表記
新字旧仮名
種別
小説
舞台
  • 青森県

この作品について

1944年、小山書店の「新風土記叢書」の一冊として刊行された紀行。津軽に生まれ、二十年間そこで育った「私」は、実は限られた町しか知らなかった。三十代になって初めて故郷を旅人として歩き、土地と自分との距離を測り直してゆく。冒頭に雪の呼び名を並べ、歴史や地誌の引用を交えながら、町の印象や人との会話へと筆を進める。かつて書いた自作を引き、その記述に説明を添える箇所もあり、案内記と回想が一つの文章の中を行き来する。土地をよく知る者の気安さと、知らずにいたことへの戸惑いが同居し、町どうしを比べる言葉にも太宰らしい冗談がにじむ。名所を順に紹介するだけでなく、旅先で人と向き合うときの照れや身構えまでを描く一冊。生まれた場所が、そのまま理解し尽くした場所とは限らないという出発点が、故郷を訪ねる旅に独特の奥行きを与えている。

あらすじ

或るとしの春、「私」は本州北端の津軽半島を三週間ほどかけて一周する。名目は風土記の執筆だが、内実は自分が何者であるかを確かめる旅であった。青森ではT君、蟹田ではN君ら旧友の手厚い歓待を受け、外ヶ浜を北上して本州の袋小路・竜飛崎に立つ。生家のある金木では、兄たちとの微妙な距離を感じつつ、亡き母や祖母の記憶をたどる。五所川原の叔母を訪ね、深浦、鰺ヶ沢と西海岸を旅した私は、最後に小泊へ向かう。そこには、幼い私を育ててくれた子守のたけがいた。運動会で三十年近くぶりに再会したたけは、私と並んで子供たちの走るのを眺める。その後、竜神様の森へ誘い、待ち続けた年月や幼い日の思い出を一気に語り出す。たけの強い愛情に触れた私は、自分の育ちの本質を知る。私は断じて上品な育ちの男ではない、この悲しい育ての親に似ているのだ、と。「私は、これらの人と友である」——聖戦下の新津軽風土記は、この獲友の告白をもって結ばれる。

登場人物

冒頭部(原文より)

或るとしの春、私は、生れてはじめて本州北端、津軽半島を凡そ三週間ほどかかつて一周したのであるが、それは、私の三十幾年の生涯に於いて、かなり重要な事件の一つであつた。私は津軽に生れ、さうして二十年間、津軽に於いて育ちながら、金木、五所川原、青森、弘前、浅虫、大鰐、それだけの町を見ただけで、その他の町村に就いては少しも知るところが無かつたのである。

「津軽」太宰治(青空文庫)

末尾部(原文より)

さて、古聖人の獲麟を気取るわけでもないけれど、聖戦下の新津軽風土記も、作者のこの獲友の告白を以て、ひとまづペンをとどめて大過ないかと思はれる。まだまだ書きたい事が、あれこれとあつたのだが、津軽の生きてゐる雰囲気は、以上でだいたい語り尽したやうにも思はれる。私は虚飾を行はなかつた。読者をだましはしなかつた。さらば読者よ、命あらばまた他日。元気で行かう。絶望するな。では、失敬。

「津軽」太宰治(青空文庫)

名文

私は虚飾を行はなかつた。読者をだましはしなかつた。さらば読者よ、命あらばまた他日。元気で行かう。絶望するな。では、失敬。

故郷をめぐった紀行の結び。読者へ直に呼びかけて別れを告げる数行が、太宰作品でもっとも明るい後味を残す。

「ね、なぜ旅に出るの?」 「苦しいからさ。」

本編「巡礼」の書き出し。旅の理由を問われて「苦しいからさ」と答える軽妙な掛け合いに、故郷をめぐる旅へ向かう作者の屈託と照れがのぞく。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

青空文庫の図書カード

同じ作家の作品

近い作品