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海のほとり(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物

夏の終わりの海辺の三日

  • 青春

芥川龍之介 1925年(大正14年)9月 「中央公論」

文字数
6,019字
読了目安
約12分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 千葉県

この作品について

芥川龍之介の短編。この年の七月に大学の英文科を卒業したばかりの「僕」と友人Mが、上総の海辺の宿で過ごす残暑の三日間を、三つの断章で描く。筋のある物語というより、夢、海水浴、夕暮れの浜の散歩といった場面を淡々と並べた作品で、「筋のない小説」を重んじた晩年の芥川の方向を示す。大正14年8月の日付があり、同年9月に「中央公論」へ発表された。

あらすじ

雨の降りつづく午後、「僕」は友人Mと上総の海辺の離れで昼食を終え、卒業したばかりの二人は原稿や就職の話をする。僕は『里見八犬伝』を読みながら眠り、雨戸の外の池から誰かに呼ばれ、さざ波が一匹の鮒になる短い夢を見る。目覚めてのち二人は貸下駄で海へ泳ぎに行くが、僕は入らず、Mは水母に刺される。浜には「嫣然」と呼ぶ中学生や、「ジンゲジ」と綽名をつけた少女たちがいて、二人は少し離れて眺める。夕方、帰省中の友人Hと宿の若主人Nさんと浜を歩く。ながらみ取りの墓に毎晩立っていた女の話が出るが、誰も笑わない。帰り道、僕は「もう東京へ引き上げようか」と言い、Mは気軽に口笛を吹く。

登場人物

冒頭部(原文より)

 ……雨はまだ降りつづけていた。僕等は午飯をすませた後、敷島を何本も灰にしながら、東京の友だちの噂などした。  僕等のいるのは何もない庭へ葭簾の日除けを差しかけた六畳二間の離れだった。庭には何もないと言っても、この海辺に多い弘法麦だけは疎らに砂の上に穂を垂れていた。その穂は僕等の来た時にはまだすっかり出揃わなかった。出ているのもたいていはまっ青だった。が、今はいつのまにかどの穂も同じように狐色に変り、穂先ごとに滴をやどしていた。 「さあ、仕事でもするかな。」  Mは長ながと寝ころんだまま、糊の強い宿の湯帷子の袖に近眼鏡の玉を拭っていた。仕事と言うのは僕等の雑誌へ毎月何か書かなければならぬ、その創作のことを指すのだった。

「海のほとり」芥川龍之介(青空文庫)

末尾部(原文より)

僕等はMのこう言った時、いつのまにかもう風の落ちた、人気のない渚を歩いていた。あたりは広い砂の上にまだ千鳥の足跡さえかすかに見えるほど明るかった。しかし海だけは見渡す限り、はるかに弧を描いた浪打ち際に一すじの水沫を残したまま、一面に黒ぐろと暮れかかっていた。 「じゃ失敬。」 「さようなら。」  HやNさんに別れた後、僕等は格別急ぎもせず、冷びえした渚を引き返した。渚には打ち寄せる浪の音のほかに時々澄み渡った蜩の声も僕等の耳へ伝わって来た。それは少くとも三町は離れた松林に鳴いている蜩だった。 「おい、M!」  僕はいつかMより五六歩あとに歩いていた。 「何だ?」 「僕等ももう東京へ引き上げようか?」 「うん、引き上げるのも悪くはないな。」  それからMは気軽そうにティッペラリイの口笛を吹きはじめた。

「海のほとり」芥川龍之介(青空文庫)

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