右門捕物帖 毒色のくちびる(佐々木味津三)のあらすじ・登場人物
上覧相撲の番狂わせが招く死
- ミステリ
- 歴史
- 文字数
- 25,872字
- 読了目安
- 約52分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
佐々木味津三の捕物小説「右門捕物帖」全38話の第十二話。口数の少ない南町奉行所の同心「むっつり右門」こと近藤右門と、おしゃべりな手下の伝六が江戸の事件を解く連作。家光が将軍職を継いだ記念の「お将軍日」の二月二日、城内で取り的ばかりの上覧相撲が催される。結びの一番、美男で人気の江戸錦が、仕切りの最中にあっさり負けを宣して土俵を下りてしまう。八百長かと場内が騒ぐなか、右門だけは別のものを見ていた。功名争いの相手、あばたの敬四郎との三度目のさや当ても描かれる。
あらすじ
お将軍日の上覧相撲で、美男力士の江戸錦は、出っ歯の秀の浦との結びの一番の仕切りの最中に、自ら負けを宣して土俵を下りる。八百長と騒がれるなか、右門は秀の浦の妙な手つきに目をとめていた。江戸錦に問いただすと、それは親方が封じ手にしていた命取りの突き「鉄砲」で、仲のよい相弟子の秀の浦がなぜか遺恨相撲を仕掛けてきたのだという。秀の浦はすぐに城を出て姿を消し、その夜、死骸となって八丁堀の右門の屋敷へ駕籠で送りつけられた。添えられた嘲りの書き付けは、あばたの敬四郎の仕業。敬四郎は、死骸のそばに江戸錦の名を記した印籠が落ちていたとして、江戸錦を捕らえて責め立てる。しかし遺恨を仕掛けられたのは江戸錦の方であり、右門は印籠の名の金泥が新しいこと、現場の懐紙が筑紫漉で、口紅のあとが残っていることから、城内の奥女中に目をつける。伝六が連れてきた腰元秋楓は強情に否むが、右門はくちびるの跡を照らし合わせて追いつめる。秋楓は毒を仰ぎ、書き置きで真相を明かした。江戸錦は旗本真柄家の落胤で、用人の大島弥三郎が主人を毒殺して家を乗っ取り、江戸錦を追い出していた。弥三郎は邪魔な江戸錦を土俵で殺そうと、秋楓に頼んで幼なじみの秀の浦をそそのかし、失敗すると、秋楓が口封じに秀の浦を殺して江戸錦に罪をきせたのだった。秋楓は弥三郎を恋していたのである。右門は弥三郎の屋敷に乗り込み、刃向かう旗本たちを草香流で倒し、湯おけに隠れた弥三郎をふたごと縛って伝馬町へ運び、江戸錦を救い出す。
登場人物
- 近藤右門 南町奉行所の同心。むっつり右門。上覧相撲の番狂わせに目をとめる
- 伝六 右門の手下の岡っ引き。相撲見物そっちのけで観客席をのぞいて回る
- あばたの敬四郎 右門と功名を争う同心。江戸錦を下手人とにらんで責め立てる
- 江戸錦 美男で人気の若い力士。結びの一番で自ら負けを宣する
- 秀の浦 江戸錦の相弟子。上覧相撲のあと姿を消す
冒頭部(原文より)
1 ――ひきつづき第十二番てがらにうつります。 事の勃発いたしましたのは、前回の身代わり花嫁騒動が、いつもながらのあざやかな右門の手さばきによってあのとおりな八方円満の解決を遂げてから、しばらく間を置いた二月上旬のことでしたが、それも正確に申しますればちょうど二日のことでした。毎年この二月二日は、お将軍日と称しまして、江戸城内ではたいへんめでたい日としていましたので、というのは元和九年のこの二月二日に、ご当代家光公がご父君台徳院秀忠公から、ご三代の将軍職をお譲りうけになられましたので、それをお祝い記念する意味から、この日をお将軍日と唱えまして、例年なにかお催し物をするしきたりでしたが、で、ことしも慣例どおりなにがな珍しい物を催そうと、いろいろ頭をひねった結果が、上覧相撲をということに話が決定いたしました。
「右門捕物帖 毒色のくちびる」佐々木味津三(青空文庫)
末尾部(原文より)
「もうこうなりゃ、右門というあっしがお味方だから、お血筋の真柄家を再興するなり、おすきならば関取り修業を励むなり、お気ままにしなせえよ。――では、伝六、そっちの湯づけのほうは揚がり屋敷へおっぽり込んでおいてな、江戸錦どんとあとからゆっくりやって来なよ。豪気に寒いようだから、お近づきのしるしにお関取りといっしょで寄せなべでもつつこうじゃねえか」 言いおくと、ふところ手の中からあごをなでなで、ゆうぜんと歩み去りました。 ――これは余談ですが、人はやはり身に備わった芸技と、その命運の示すところに左右されるものとみえて、りっぱなお直参にもなれる身分でありながら、断然江戸錦は関取修業をつづけ、のち三年にして関脇の栄位を修め、恰幅貫禄ならびにその美貌から、一世の人気をほしいままにしたということでした。
「右門捕物帖 毒色のくちびる」佐々木味津三(青空文庫)
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