右門捕物帖 献上博多人形(佐々木味津三)のあらすじ・登場人物
増上寺参詣の日、老人の直訴
- ミステリ
- 歴史
- 文字数
- 24,868字
- 読了目安
- 約50分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
佐々木味津三の捕物小説「右門捕物帖」全38話の第二十七話。口数の少ない南町奉行所の同心「むっつり右門」こと近藤右門と、おしゃべりな手下の伝六が江戸の事件を解く連作。正月二十四日、前将軍秀忠の忌日に将軍家が芝の増上寺へ参詣する。雪の朝、沿道は火の気を禁じられ、厳重な警固のなかを大名行列が続く。老中松平伊豆守が駕籠を降りたその時、群衆から一人の老人が飛び出し、腹を切って直訴に及んだ。伊豆守から訴状を託された右門が、そのなぞめいた文言の意味を探る。焼き物の名工の世界を舞台にした、哀切な一編。
あらすじ
秀忠の忌日に将軍家が増上寺へ参詣した雪の日、伊豆守が駕籠を降りたところへ、六十あまりの老人が飛び出し、腹を切って直訴に及ぶ。伊豆守の命で右門が訴状を開くと、「子を思う親の心は上下みな一つ」とだけ書かれ、芝入舟町の束巻き師源五兵衛の名があった。右門は奉行所の訴状箱から、源五兵衛が三日続けて出していた家出人の訴えを見つけ出す。露月町の人形師泥斎のもとに七年奉公していた息子の弥七郎が、二十日の夕方から行方知れずだというのに、係りは取り合わなかったのである。右門は伝六と泥斎の家に乗りこむ。泥斎は、弥七郎は仕事に身の入らぬのらくら者だと言うが、棚に並ぶ群青色の人形三体のうち、弥七郎の作がいちばん出来がよい。お成り道筋の火止めのため、二十日の夕方から三つの窯はふさいだままだと聞いた右門は、弥七郎の窯の色の違いに目をとめ、火口を切り開く。中には焼け死んだ弥七郎と、弥七郎の面影を写したみごとな群青焼きの人形があった。泥斎の息子の粂五郎が逃げ出し、雪の上の足跡をたどって捕らえるが、粂五郎は夜通し人の焼ける匂いがしただけだと言い張り、右門は真相をつかめずに悩む。その嘆きを聞いた泥斎が、ついに打ち明けた。凡庸な息子に跡を継がせたいばかりに、腕のすぐれた弥七郎に秘伝書を盗んだぬれぎぬを着せて責めたところ、弥七郎は最後の作を残して窯の中で自ら命を絶ったのだった。泥斎は油をかぶって火を放ち、雪の庭で果てる。右門は青い人形を伊豆守に献上させる。
登場人物
- 近藤右門 南町奉行所の同心。むっつり右門。伊豆守から直訴状を託される
- 伝六 右門の手下の岡っ引き。訴状箱の中身を調べる右門にやきもきする
- 松平伊豆守 老中。増上寺参詣の供先で直訴を受ける
- 源五兵衛 芝入舟町の束巻き師。息子の行方を案じる
- 泥斎 露月町の人形師。弥七郎の師匠で、こぶ泥とあだ名される名工
冒頭部(原文より)
1 ――その第二十七番てがらです。 場所は芝。事の起きたのは、お正月も末の二十四日でした。風流人が江戸雪といったあの雪です。舞いだしたとなると、鉄火というか、伝法というか、雪までがたいそうもなく江戸前に気短なところがあって、豪儀といえば豪儀ですが、ちらりほらりと夜の引きあけごろから降りだしたと思ったあいだに、たちまち八百八町は二寸厚みの牡丹雪にぬりこめられて、見渡すかぎりただひと色の銀世界でした。風がまたはなはだしく江戸前にわさびのききがよくて、ひりひりと身を切るばかり。――しかし、二十四日とあらば、寒い冷たいの不服はいっていられないのです。あたかもこの日はお二代台徳院殿様、すなわち前将軍秀忠公のご忌日に当たるところから、例年のごとく将軍家の増上寺お成りがあるため、お城内も沿道もたいへんな騒ぎでした。
「右門捕物帖 献上博多人形」佐々木味津三(青空文庫)
末尾部(原文より)
「なるほど、そつがねえや。名工と名人が世に出したこの青人形が、名宰相さまのお手もとに納まりゃ、仏も人形も浮かばれましょうよ」 泣き伏している粂五郎をあとにしながら、必死と青人形をかかえ持って駆けだした伝六の背に、ちらりほらりと江戸雪がもの悲しげに散りかかりました。
「右門捕物帖 献上博多人形」佐々木味津三(青空文庫)
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