運命(幸田露伴)のあらすじ・登場人物
史書をたどり、運命を問う
- 歴史
- 文字数
- 67,030字
- 読了目安
- 約2時間14分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
幸田露伴が1919年(大正8年)4月の『改造』創刊号に発表した歴史を題材とする作品。明の建文帝と叔父の燕王をめぐる争いを中心に、中国の史書や伝説を読み合わせながら、人の意志と運命の関係を考える。冒頭では、世の出来事にあらかじめ定まった「数」があるのかと問い、成敗を天命だけにも自力だけにも帰せないと論じる。さらに馬琴の『侠客伝』と中国小説『女仙外史』を比較し、史実と創作が結びつく仕方へと話を進める。すぐに人物の会話や戦場の場面を始めるのではなく、読んだ書物についての考察を物語の入口とする構成だ。漢文の調子を帯びた文語体で、史料の記述、人物への評、語り手の疑問をつないでいく。皇位継承をめぐる政治を描くとともに、後世へ残された記録をどう受けとめるかという、歴史を読む行為そのものも文章に取り込んでいる。
あらすじ
明を建てた太祖・洪武帝が没し、その孫にあたる若き建文帝が即位する。建文帝は儒臣を重んじて仁政を志すが、各地に封じられた叔父たちの強大な藩国の力を削ごうとして、諸王を次々と処罰していく。北平に封じられた叔父の燕王は、身に危険が迫るのを察して挙兵し、「君側の奸を除く」の名分を掲げて甥に反旗を翻す。これが「靖難の変」である。三年余に及ぶ激烈な内戦の末、燕王の軍はついに都・南京を陥落させる。宮城は炎に包まれ、建文帝は焼死したとも伝えられたが、実は僧に身をやつして密かに脱出したのだという伝説が残された。帝位を簒奪した燕王は永楽帝として即位し、猜疑にかられて旧帝の行方を執拗に探索させる。一方、袈裟をまとった建文帝は、忠臣たちに守られながら中国各地の山河を数十年にわたって流亡し、老いてのちようやく素性が露見して宮中に迎え入れられ、静かにその生涯を終えたという。歴史の勝者たる永楽帝もまた遠征の途上に不可解な最期を遂げる――作者は史実と伝説を織り交ぜて、人智の及ばぬ「運命」というものの測りがたさに繰り返し嘆息するのである。
登場人物
- 建文帝 明の第二代皇帝。太祖洪武帝の孫。叔父の燕王に帝位を追われ、僧となって各地を流亡したと伝えられる
- 永楽帝(燕王) 建文帝の叔父。北平に封じられた藩王。靖難の変を起こして帝位を簒奪し、旧帝の行方を執拗に探索する
- 程済 建文帝に付き従う忠臣。帝の流亡の生涯を最後まで支える
冒頭部(原文より)
世おのずから数というもの有りや。有りといえば有るが如く、無しと為せば無きにも似たり。洪水天に滔るも、禹の功これを治め、大旱地を焦せども、湯の徳これを済えば、数有るが如くにして、而も数無きが如し。秦の始皇帝、天下を一にして尊号を称す。威まことに当る可からず。然れども水神ありて華陰の夜に現われ、璧を使者に托して、今年祖龍死せんと曰えば、果して始皇やがて沙丘に崩ぜり。唐の玄宗、開元は三十年の太平を享け、天宝は十四年の華奢をほしいまゝにせり。然れども開元の盛時に当りて、一行阿闍梨、陛下万里に行幸して、聖祚疆無からんと奏したりしかば、心得がたきことを白すよとおぼされしが、安禄山の乱起りて、天宝十五年蜀に入りたもうに及び、万里橋にさしかゝりて瞿然として悟り玉えりとなり。此等を思えば、数無きに似たれども、而も数有るに似たり。定命録、続定命録、前定録、感定録等、小説野乗の記するところを見れば、吉凶禍福は、皆定数ありて飲啄笑哭も、悉く天意に因るかと疑わる。されど紛々たる雑書、何ぞ信ずるに足らん。仮令数ありとするも、測り難きは数なり。測り難きの数を畏れて、巫覡卜相の徒の前に首を俯せんよりは、知る可きの道に従いて、古聖前賢の教の下に心を安くせんには如かじ。かつや人の常情、敗れたる者は天の命を称して歎じ、成れる者は己の力を説きて誇る。二者共に陋とすべし。事敗れて之を吾が徳の足らざるに帰し、功成って之を数の定まる有るに委ねなば、其人偽らずして真、其器小ならずして偉なりというべし。先哲曰く、知る者は言わず、言う者は知らずと。数を言う者は数を知らずして、数を言わざる者或は能く数を知らん。
「運命」幸田露伴(青空文庫)
末尾部(原文より)
数か、数か。紅篋の度牒、袈裟、剃刀、噫又何ぞ奇なるや。道士の霊夢、御溝の片舟、噫又何ぞ奇なるや。吾嘗て明史を読みて、其奇に驚き、建文帝と共に所謂数なりの語を発せんと欲す。後又道衍の伝を読む。中に記して曰く、道衍永楽十六年死す。死に臨みて、帝言わんと欲するところを問う。衍曰く、僧溥洽というもの繋がるゝこと久し。願わくは之を赦したまえと。溥洽は建文帝の主録僧なり。初め帝の南京に入るや、建文帝僧となりて遁れ去り、溥洽状を知ると言うものあり、或は溥洽の所に匿すと云うあり。帝乃ち他事を以て溥洽を禁めて、而して給事中胡※等に命じてく建文帝を物色せしむ。之を久しくして得ず。溥洽坐して繋がるゝこと十余年、是に至りて帝道衍の言を以て命じて之を出さしむ。衍頓首して謝し、尋で卒すと。篋中の朱書、道士の霊夢、王鉞の言、呉亮の死と、道衍の請と、溥洽の黙と、嗚呼、数たると数たらざると、道衍蓋し知ることあらん。而して楡木川の客死、高煦の焦死、数たると数たらざるとは、道衍袁の輩の固より知らざるところにして、たゞ天之を知ることあらん。
「運命」幸田露伴(青空文庫)
原文を読む
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