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わが戦争に対処せる工夫の数々(坂口安吾)のあらすじ・登場人物

水風呂で戦争に備える

  • 風刺

坂口安吾 1947年(昭和22年)4月 「文学季刊」

文字数
9,846字
読了目安
約20分
表記
新字旧仮名
種別
随筆

この作品について

太平洋戦争のなかで「なるべく死なない工夫」を重ねた坂口安吾が、自分の戦争体験を戯画化して語った随筆風の文章。故郷の新潟の荒海で泳ぎこんだ夏、水泳の大家村山臥龍の逸話、真冬まで続けた水風呂、十五貫の大谷石を抱え上げる空襲下の訓練などが、「ドン・キホーテ」を引きながらユーモラスに語られる。戦争を「見物」したいと東京に残った安吾の矛盾した心境が、笑いの底に覗く。

あらすじ

兵隊にとられることは避けられないという「絶体絶命の憲章」から、筆者は、なるべく死なない工夫を考えはじめる。昭和十七、十八年の夏は郷里の新潟で、暴風雨の日も含めて日に三度海に入り、運動神経を鍛えた。この海には、新潟から佐渡まで泳ぎ、帰途に消息を絶った水泳家村山臥龍がおり、その最期を朗らかだと思うと語る。檀一雄が訪ねてきたときの逸話も添えられる。昭和十九年、泳げなくなった筆者は風呂に水をはって一日に十回も浸かり、十二月六日、ふらつきと意識の喪失を経験して水風呂をやめる。空襲が始まると、筆者は疎開を断り、戦争を見物したいという矛盾した好奇心から東京にとどまる。ドラム缶を埋め、焼け跡で十五貫の大谷石を抱えて走る訓練を重ね、近所には気が違ったと思われる。屍体を片づける人々に出会っても、むしろ健康な野武士のような気分を覚える。ドン・キホーテよりは多少ましな工夫のつもりだった、と筆者は笑いながら述べる。

冒頭部(原文より)

 私はこれより一人の男がこの戦争に対処した数々の秘策と工夫の人生に就てお話したい。戦争を見物したいといふ人間なら星の数ほどあるであらうが、兵隊になつて自分自身が戦争するといふことになると、これは誰でも尻ごみする。ところが日本には「兵隊になる」といふ言葉は常識上は存在せず「兵隊にとられる」と称する通り、こつちが厭だと云つても兵隊にさせられるから仕方がない。

「わが戦争に対処せる工夫の数々」坂口安吾(青空文庫)

末尾部(原文より)

今も尚、水風呂にもぐりこんでゐるのである。  尤も私は精神的にも、この戦争といふものから近代知性と戦争との交るところの結論は知り得ずに、四五百年前の野武士の心境に就て、もつぱら自得するところがあつたのである。

「わが戦争に対処せる工夫の数々」坂口安吾(青空文庫)

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