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夢十夜(夏目漱石)のあらすじ・登場人物

「こんな夢を見た」十夜の幻想

  • 幻想

夏目漱石 1908年(明治41年)7月 「朝日新聞」

文字数
16,002字
読了目安
約32分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

1908年(明治41年)7月から8月、東京・大阪の朝日新聞に発表された夏目漱石の短い物語十編。第一夜から第十夜まで、それぞれ異なる夢の世界を描く。第一夜では、「自分」が女の枕元に座り、もう死ぬという静かな言葉を聞いている。温かな血の色を帯びた顔と、死を確信する心とが、理由の説明なしに並べられる。ほかにも、悟りを求める侍や、仁王を彫る運慶を見物する人々など、時代も境遇も異なる人物が現れる。色や音、ものの手触りは鮮やかなのに、時間や因果は日常の約束から離れており、語り手は不思議な出来事を当たり前のように受け止める。そのずれが、親しさと不安、可笑しさと恐れを同じ場面に生む。「こんな夢を見た」の書き出しで知られるが、十編すべてがその形を取るわけではない。恋愛や信仰、芸術、近代の暮らしをめぐるイメージを、夢という形式のなかで組み合わせた作品である。

あらすじ

十話からなる夢の連作。第一夜では、死んでゆく女が「百年待っていて下さい。きっと逢いに来ますから」と言い残す。男が墓のそばで数え切れない日々を過ごすうち、一輪の白い百合が咲き、百年はもう来ていたことに気づく。第三夜では、盲目の我が子を背負って夜道を歩く男が、子の声に導かれるまま、百年前に人を殺した記憶を突きつけられる。第六夜では、鎌倉期の仏師・運慶が明治の世の護国寺の山門で仁王を刻んでいる。眉や鼻が木の中に埋まっているのを鑿で掘り出すだけだと聞いた「自分」は、家に帰って薪を彫ってみるが、明治の木にはとうとう仁王は見当たらなかった。ほかにも、鏡に映る床屋の店先、船から身を投げる男、女と出かけたパナマ帽の庄太郎の話など、恋の約束、罪の記憶、芸術と時代への疑念、得体の知れない不安が、夢に特有の飛躍と鮮烈な映像で描き出される。

登場人物

冒頭部(原文より)

こんな夢を見た。腕組をして枕元に坐っていると、仰向に寝た女が、静かな声でもう死にますと云う。女は長い髪を枕に敷いて、輪郭の柔らかな瓜実顔をその中に横たえている。真白な頬の底に温かい血の色がほどよく差して、唇の色は無論赤い。とうてい死にそうには見えない。しかし女は静かな声で、もう死にますと判然云った。自分も確にこれは死ぬなと思った。

「夢十夜」夏目漱石(青空文庫)

末尾部(原文より)

健さんは、庄太郎の話をここまでして、だからあんまり女を見るのは善くないよと云った。自分ももっともだと思った。けれども健さんは庄太郎のパナマの帽子が貰いたいと云っていた。  庄太郎は助かるまい。パナマは健さんのものだろう。

「夢十夜」夏目漱石(青空文庫)

名文

こんな夢を見た。

十の夜のそれぞれを起こす短い一句。理由も説明も与えないまま読者を夢の論理へ引き入れる、漱石の実験的連作を象徴する書き出し。

「百年待っていて下さい」

第一夜、死にゆく女が残す約束。この一言があるために、百年の後に白百合が咲く結末が夢の論理のまま静かに成立する。

「百年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気がついた。

第一夜の結び。女の墓の傍らで待ち続けた「自分」が、咲いた白い百合に口づけした瞬間、約束の百年がすでに過ぎていたことを悟る。

ついに明治の木にはとうてい仁王は埋っていないものだと悟った。それで運慶が今日まで生きている理由もほぼ解った。

第六夜の結び。明治の世に仁王を刻む運慶を見た「自分」が、自ら木を彫ってみて悟る言葉で、近代日本への苦い批評がにじむ。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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