辞世とは
- 分類
- その他
- 読み
- じせい
死を前にして、この世に別れを告げるために詠む詩歌や言葉。辞世の歌・辞世の句ともいい、禅僧が死に臨んで残す漢詩の偈(遺偈)の習わしともつながる。早い例として、謀反の罪で死を賜った大津皇子が、磐余の池に鳴く鴨を見るのも今日限りかとうたった『万葉集』巻3の歌が知られる。『伊勢物語』の最後の章段では、病に伏した男が「つひにゆく道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりしを」と詠み、在原業平の歌として『古今和歌集』にも収められて、死をめぐる歌の典型となった。中世以降は武士の間で辞世を詠む作法が広まり、俳諧でも臨終の句が重んじられた。松尾芭蕉の「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる」は辞世として名高いが、もとは死の数日前に病床で詠んだ「病中吟」とされる。芥川龍之介の『枯野抄』は、この句を掲げて芭蕉の臨終の座を描く。与謝蕪村は「しら梅に明る夜ばかりとなりにけり」を残した。幕末には、吉田松陰が処刑の前に書いた遺書『留魂録』の冒頭に、「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂」の辞世を掲げている。正岡子規は、明治35年(1902年)9月、死の前日に「糸瓜咲て痰のつまりし仏かな」など三句を書きつけ、これは絶筆三句と呼ばれる。子規はそれより早く随筆『墓』で、自分の葬式や墓、辞世の句の相談までを軽妙な筆で書いていた。辞世はその人の生涯や死生観を凝縮したものとして読まれ、後世に伝わるうちに、本人の作かどうか疑わしいものや、のちに作られたものが混じることもある。