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悪獣篇(泉鏡花)のあらすじ・登場人物

夏の浜に潜む老婆の影

  • 怪奇
  • 幻想

泉鏡花 1905年(明治38年)12月

文字数
36,716字
読了目安
約1時間13分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

泉鏡花が1905年(明治38年)12月の日付を付した中編。海辺の別荘地で夏を過ごす富豪の若い後妻・浦子と、その甥の銑太郎、家庭教師の鳥山廉平らをめぐる出来事を描く。路傍の荒物屋で出会った老婆の不気味さが、夜の夢と現実の境をじわじわと揺るがしていく。末尾に、妖婆の言葉の濁音を半濁音で読むようにとの添え書きがあるなど、語りの仕掛けも凝らされている。

あらすじ

海辺の別荘に滞在する豪商狭島の若い後妻・浦子は、甥の銑太郎と散歩に出た夏の午後、荒物屋で早附木を買うだけのことに一時間もかかる。店の老婆に手を握られ、「すいたらしい人じゃでの」と金色の目で見据えられて、すっかり怯えていたのである。一方、家庭教師の鳥山廉平は、少年の賢之助と茶店に休むうち、地蔵の建立を願い出た自分の話を、二人の怪しい老婆が噂するのを聞く。その夜、浦子は老婆に釣り上げられる悪夢にうなされて目を覚まし、厠へ立った廊下で、赤い目、金の目、銀の目をした三人の老婆に口を縫われ、浜へ連れ去られてしまう。夜明け、行方の知れない夫人を探して丘に立った廉平は、西洋の婦人たちの合図で、浜の苫船の中に倒れている浦子を見つける。浦子は恥辱を受けたと嘆いて死を望むが、廉平は、獣ではなく自分の迷いの仕業だと懺悔して、思いとどまらせようとする。そこへ崖の上から、地蔵の石鑿を研ぐ樵の老人が現れ、魔物の婆たちは地蔵が建てば居場所を失うのだと告げる。老人が刃物を投げると、海一面に血潮が広がり、朝日のなかで魔の気配は消え去った。

登場人物

冒頭部(原文より)

 つれの夫人がちょっと道寄りをしたので、銑太郎は、取附きに山門の峨々と聳えた。巨刹の石段の前に立留まって、その出て来るのを待ち合せた。 門の柱に、毎月十五十六日当山説教と貼紙した、傍に、東京……中学校水泳部合宿所とまた記してある。透して見ると、灰色の浪を、斜めに森の間にかけたような、棟の下に、薄暗い窓の数、厳穴の趣して、三人五人、小さくあちこちに人の形。脱ぎ棄てた、浴衣、襯衣、上衣など、ちらちらと渚に似て、黒く深く、背後の山まで凹になったのは本堂であろう。輪にして段々に点した蝋の灯が、黄色に燃えて描いたよう。

「悪獣篇」泉鏡花(青空文庫)

末尾部(原文より)

 見よ、南海に巨人あり、富士山をその裾に、大島を枕にして、斜めにかかる微妙の姿。青嵐する波の彼方に、荘厳なること仏のごとく、端麗なること美人に似たり。 怪しきものの血潮は消えて、音するばかり旭の影。波を渡るか、宙を行くか、白き鵞鳥の片翼、朝風に傾く帆かげや、白衣、水紅色、水浅葱、ちらちらと波に漏れて、夫人と廉平が彳める、岩山の根の巌に近く、忘るるばかりに漕ぐ蒼空。魚あり、一尾舷に飛んで、鱗の色、あたかも雪。

「悪獣篇」泉鏡花(青空文庫)

原文を読む

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