青べか物語(山本周五郎)のあらすじ・登場人物
漁師町・浦粕の人間模様
- 心理
- 文字数
- 160,786字
- 読了目安
- 約5時間22分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 千葉県
この作品について
山本周五郎が1960年(昭和35年)から翌年にかけて「文藝春秋」に連載した自伝的連作。作者が若き日に暮らした漁師町・浦粕(現在の千葉県浦安がモデル)を舞台に、貝と海苔と釣場で知られる町の人々を、「私」の見聞として活写する。ぽんこつの平底舟「青べか」を売りつけられる話から、蒸気河岸の船宿、ごったくやの女たち、狡くもしたたかに生きる漁師や子供たちまで、貧しくも生命力にあふれた町の人間模様を、諧謔とあたたかな眼差しで綴った名品である。
あらすじ
根戸川の河口にひろがる漁師町・浦粕。貝の缶詰工場と海苔干し場、釣客相手の船宿とごったくや(小料理屋)が軒を連ねるこの町に、「私」はしばらく居ついて暮らしていた。ある日、船宿の芳爺から、底の抜けかかった青塗りの古い平底舟を、さんざん言葉巧みに勧められて買わされる。これが「青べか」で、以来「私」は町の一員のように、人々の暮らしのなかへ入りこんでゆく。銭にかけては抜け目のない船宿の主人夫婦、口八丁の子供・長、蒸気河岸に群れる若者たち、身を売って生きるごったくやの女たち、沖の百万坪の荒地に生きる者たち――。それぞれが貧しさのなかで、狡さも愚かさもあらわに、しかしどこかおかしく、たくましく生きている。「私」は彼らの悲喜こもごもを、突き放しつつも深い愛着をもって書きとめてゆく。三十年の歳月を経て「私」がふたたび浦粕を訪れると、かつての少年・長は五人の子の父になっていたが、青べかのことも「私」のことも、もうほとんど覚えてはいなかった。素材ノートの総ざらえと作者自身が語る、失われた町とその人々への挽歌のような一巻である。
登場人物
- 私 かつて浦粕町に住みついていた語り手。作者自身を思わせる若い書き手
- 芳爺(船宿の主) 「私」に古い平底舟「青べか」を口八丁で売りつける
- 長 蒸気河岸に群れる子供のひとり。すばしこく口が達者。三十年後には五人の子の父となる
- 五郎さん・留さん 町に生きる漁師や船頭たち。狡くもしたたかに、たくましく日々をくらす
冒頭部(原文より)
浦粕町は根戸川のもっとも下流にある漁師町で、貝と海苔と釣場とで知られていた。町はさして大きくはないが、貝の缶詰工場と、貝殻を焼いて石灰を作る工場と、冬から春にかけて無数にできる海苔干し場と、そして、魚釣りに来る客のための釣舟屋と、ごったくやといわれる小料理屋の多いのが、他の町とは違った性格をみせていた。 町は孤立していた。北は田畑、東は海、西は根戸川、そして南には「沖の百万坪」と呼ばれる広大な荒地がひろがり、その先もまた海になっていた。
「青べか物語」山本周五郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
私は初めから終りまで、長の名を呼びすてにしていたし、長もしごくあたりまえのようにそれを受けいれていた。数えてみると、私が浦粕を去ってからまる三十年になる。長も四十一歳、子供も五人いるということだ。その彼を「長」と呼び、彼が「おう」と答えるとき、私の心には三十年という時間の距離はなかった。にもかかわらず、彼には私の記憶がないのだ。青べかのことを訊いてみたが、それもごくかすかに覚えている程度とみえ、「なにしろ古いことだからねえっ」と云って話をそらしてしまった。したがって、題名の青べかがどうなったかは、ついに不明のまま、この物語を終らなければならない。
「青べか物語」山本周五郎(青空文庫)
名文
浦粕町は根戸川のもっとも下流にある漁師町で、貝と海苔と釣場とで知られていた。
『青べか物語』の「はじめに」の冒頭。漁師町・浦粕(モデルは浦安)の姿を、貝と海苔と釣場の町として淡々と描き出す。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。