最初の苦悩(カフカ)のあらすじ・登場人物
ブランコの上で暮らす芸人
- 心理
- 翻訳
- 文字数
- 2,777字
- 読了目安
- 約6分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
サーカスの円天井の高みで、興行のあいだ昼も夜もブランコから下りずに暮らす空中ブランコ乗りと、彼の気むずかしさに心を砕く興行主を描いた小品(原題 ERSTES LEID。「最初の悩み」の訳題もある)。フランツ・カフカが1922年の春に書き、同じ年の秋に雑誌『ゲーニウス』に発表した。1924年、作者の死の直後に出た短編集『断食芸人』に収められている。旅興行のたびに特別な配慮で運ばれてゆくブランコ乗りの暮らしぶりを、淡々とした筆で描く。ドイツ文学者・原田義人の訳。
あらすじ
ある空中ブランコ乗りは、芸を完璧に保つため、興行のあいだ昼も夜もサーカスの円天井のブランコの上で暮らしている。食事などの世話は下の小使たちが容器で上げ下ろしし、彼はそこで静かに過ごしていた。つらいのは旅興行で、興行主は競走用自動車や貸し切りの車室を用意し、次の小屋には前もってブランコを据えさせて、彼の苦しみを少しでも縮めようと気を配っていた。ある旅の汽車の中で、網棚に寝ていたブランコ乗りが、これからはブランコを一本ではなく二本にしてほしい、一本だけではもう演技をしないと言い出す。興行主がすぐに同意すると、ブランコ乗りは突然泣き出し、「このたった一本の綱につかまるだけで――どうしておれは生きられるだろう!」と訴える。興行主はなだめて次の駅で注文の電話をかけると約束するが、泣き寝入りしたブランコ乗りのすべすべした額に、最初のしわが刻まれはじめているのを見たように思う。
登場人物
- ブランコ乗り 昼も夜もブランコの上で暮らす空中ブランコ乗り
- 興行主 ブランコ乗りの旅興行に心を砕く
冒頭部(原文より)
ある空中ブランコ乗りは――よく知られているように、大きなサーカス舞台の円天井の上高くで行われるこの曲芸は、およそ人間のなしうるあらゆる芸当のうちでもっともむずかしいものの一つであるが――、はじめはただ自分の芸を完全にしようという努力からだったが、のちにはまた横暴なほどになってしまった習慣から、自分の生活をつぎのようにつくりあげてしまった。つまり、一つの興行で働いているあいだは、昼も夜もブランコの上にとどまっているのだ。食事や大小便といったものはすべて(とはいってもそういうものはきわめて少なかったものだが)、下で見張っている交代の小使たちの手で面倒が見られ、上で必要とされるものはすべて特別につくられた容器で上げ下ろしされるのだった。こうした生きかたからはまわりの生活にとってとくに困難なことは起こらなかった。ただ、ほかの番組が行われるあいだは、彼が姿を隠すことができないので上にとどまっているということ、またこうしたときにはたいていはおとなしくしているにもかかわらず、ときどき観客の視線が上にいる彼のほうにそれていくということが、ほんのちょっとばかり妨げとなった。
「最初の苦悩」カフカ(青空文庫)
末尾部(原文より)
「このたった一本の綱につかまるだけで――どうしておれは生きられるだろう!」 そこで、興行主にとってはブランコ乗りをなだめることはいっそうやさしくなった。彼は、すぐつぎの駅からこれからいく客演地にもう一つブランコを注文する電話をかけよう、と約束した。そして、自分がブランコ乗りにこんなにも長いあいだただ一つのブランコの上でやらせていたことはいけなかった、と自分を責め、相手がとうとうこのまちがいに気づかせてくれたことに礼を言い、またそれを大いにほめた。こうやって興行主はブランコ乗りをだんだんとなだめることに成功し、まだ自分の片隅の席にもどることができた。ところが、彼自身が落ちつけなかった。重苦しい心配で彼はこっそりと本越しにブランコ乗りのほうを見た。彼がこんな考えに悩まされ始めたとなると、どうしてそれがすっかりやむことがあるだろうか。これは彼を真底から脅やかすものではないだろうか。そして実際興行主は、泣き寝入りした、見たところ静かな眠りのなかで、最初のしわがブランコ乗りのすべすべした子供のような額の上に刻まれ始めているのを見るように思った。
「最初の苦悩」カフカ(青空文庫)
原文を読む
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