あるドライブ(山川方夫)のあらすじ・登場人物
山道でひらく夫の計画
- ミステリ
- 心理
- 文字数
- 6,269字
- 読了目安
- 約13分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
三か月ぶりに夫婦二人でドライブに出た山道で、夫はおもむろに、この春ゴルフに行った日に見たものの話をはじめる——山川方夫が自動車の広報誌に書いた短編。左ハンドルの外車、白い洋風のホテル、紺のトヨペット。追い抜くふりをして窓から手を触れあう挨拶。緻密に組み上げられた計画の行方を追う。
あらすじ
「本当に、こうして二人でドライブに出たのなんて、三月ぶりかな」。日曜も休日も夫は欠かさずゴルフだった。子供のかわりに無理して買った五ダッシュの外車は、税金も高く修理代もかかる。買い替えたら、という妻に、夫は「いったん自分のものにしたやつは、おいそれとは手放したくないんだ。……よっぽど有利な補償でもないかぎりは、面白くないのさ」と真面目な声で答えた。……やがて夫は語りはじめる。この春、お得意につれられてこの先のゴルフ場へ行ったこと。雨で流れて同じ道を帰る途中、白い洋風ホテルの前に自分たちの車が停まっていたこと。ナンバーも確かめたこと。そこから守谷が降りてホテルに入っていったこと。「嘘だわ」と叫ぶ妻に、夫は静かに畳みかける。あの日以来一度もゴルフには行かず、いつも一足先にホテルで待っていたこと。妻の車は左ハンドル、守谷の車は右ハンドル。だから妻はいつも追い抜くふりをして並び、窓から手を出して触れあう。それが二人の「今日は」と「さようなら」の合図なのだ、と。……もうすぐ、いつも君たちが手を触れあうあたりになる。夫はブレーキを踏み、強引に妻を運転席に押しやると助手席に入り、身体をシートの背にかくして命じた。守谷の車が内側から追い抜こうとしたら、いきなりハンドルを左に切れ。ガード・レールのない左側は、岩を噛む激流の渓谷だった。——バック・ミラーに紺のトヨペットが近づく。妻は必死にその言葉を無視し、守谷の車が内側から追い抜けないよう進路をふさぎ、アクセルを踏みつづけた。
登場人物
- 夫 凝り性で、一度手に入れたものを手放したがらない男
- 妻 結婚して六年になる
- 守谷 夫と同じテニス部の仲間だった男
冒頭部(原文より)
「……本当に、こうして二人でドライブに出たのなんて、三月ぶりかな」 「そのくらいね」妻はシートに背をもたせて、目をつぶった。窓の近くを流れる濃い緑のせいか、それとも頭痛のためだろうか、こころもちその頬が蒼白く、冴えて見える。 「そのあいだ、日曜日だとか休みの日だとかいえば、貴方は欠かさずゴルフだったわ。……よく飽きなかったこと」
「あるドライブ」山川方夫(青空文庫)
末尾部(原文より)
「……違う。違うってば」 と無意識に呟き、しかし妻にはもはや弁解する気力もなく、それを信じてもらえっこないのもわかっていた。全身の痛みとあたらしく湧く涙との中で、妻はふと、夫ののこした僅かな遺産の計算をはじめている自分に気づいた。
「あるドライブ」山川方夫(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。