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朝のヨット(山川方夫)のあらすじ・登場人物

一人きりになりに行く海

  • 恋愛
  • 幻想

山川方夫 1963年(昭和38年)7月 「美術手帖」

文字数
1,770字
読了目安
約4分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

「海は、二人でたのしみに出かける場所じゃない。人間が、一人きりでぶつかりに行く相手なんだ」——山川方夫が「美術手帖」に書いた掌編。少年と少女、そしてスナイプ型のヨット。孤独への渇きと、愛することの恐怖とを、わずか数枚に結晶させた一編。

あらすじ

少年はスナイプ型のヨットに乗り、舫綱を解きながら少女に声をかけた。「行ってくるよ」。「ねえ、つれて行って。私も」「だめだったら」。少年は怒ったような声音でいう。「海は、二人でたのしみに出かける場所じゃない。人間が、一人きりでぶつかりに行く相手なんだ」。私よりも海のほうが好きなの、と問う少女に、彼はいらだち神経質に眉をよせた。「君といっしょにいると、僕は、ときどきもう一人の自分が、ひどく遠いところに置き去りにされているような気分になる。僕は、そのもう一人の自分を取りもどすために海へ行くんだ。……海は、人間を本当の一人きりにしてくれる場所だからね」。どうして一人きりになりたがるの。「女にはわからないさ」。そしてふいに白い歯を光らせて笑い、彼はいった。「君を好きだよ」。……白い帆を斜めに、群青の午後の海をすべって行くヨットを見て、少女の目に涙がうかんだ。だが彼女は笑顔のまま手を振りつづけた。急速にひろがる二人の距離を、そのまま胸を裂き、ひろがる一つの疵口のように感じながら。——少年は海に消えた。沿岸や離島の各所からの返電はすべて「到着ナシ」。急変した天候と突風、小さな竜巻とが、どうやらその理由を語っていた。翌朝、幾艘かのヨットが少年のスナイプを求めて走るなか、少女は海に問いつづける。なぜなの? なぜ、一人きりになりに行かなくちゃならなかったの? 海はもはや嘘のように凪いでしまっていた。

登場人物

冒頭部(原文より)

 曙の色がほのかに東の空を染めて、間もなくその日の最初の太陽の光が、はるかな海面を錫箔のように輝かせた。洋上はまだ薄暗く、空と海の境もはっきりしなかったが、とにかく、海には朝が来ていた。  鴎が一羽、そのヨットの上空で、ゆるやかに翼を上下していた。鴎は、まるでどこまでも離れない決心をしたもののように、そのヨットと方向と速度を一つにして、朝空を動くかなりの風の中を翔びつづけた。

「朝のヨット」山川方夫(青空文庫)

末尾部(原文より)

 だが、いくら喉をふりしぼって鴎が努力しても、その叫びは、猫に似た単調な啼き声にしかならなかった。……そして、いつのまにか鴎は自分の飛翔の意味を忘れ、孤独のさわやかさも、愛することの恐怖も屈辱もそのよろこびも忘れはてて、ただ少女のヨットの上、全身を洗う透明な朝の風の中で猫の啼き声をくりかえして、無心にそのゆるやかな翼の抑揚をつづけていた。

「朝のヨット」山川方夫(青空文庫)

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