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暑くない夏(山川方夫)のあらすじ・登場人物

彼女には夏も冬もない

  • 心理

山川方夫 1962年(昭和37年)7月 「朝日新聞」

文字数
1,702字
読了目安
約3分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

白い天井、白い壁、白いシーツ。ベッドから動けない二十歳の女は「私には、もう、夏も冬もないの」と笑う——山川方夫が朝日新聞の夕刊に書いた掌編。何百万人に一人という奇病で五官の感覚を失い、余命一年を告げられた彼女は、大学のクラス・メートの彼に「ねえ、夏って、どんなものだったの?」と問いかける。

あらすじ

「……夏が来たのね」。天井を見上げたまま女はいった。窓の外は一面に濃い群青の夏空だ。五階のこの部屋では、寝たきりで見えるのは空しかない。彼と女は大学のクラス・メートだった。「お願い。窓のカーテンを閉めて」と女はいい、ふざけたような声でつづける。「私には、もう、夏も冬もないの。私はもう、なにも感じないわ。暑くも寒くもなく、いつも気密室に入っているみたいなのよ。みんな、他人の夏、他人の冬でしかないの」。何万人、いや何百万人に一人という奇病だった。去年の夏、突然高熱を発した二十歳の彼女は、そのまま全身が動かなくなった。意識は明瞭だが五官の感覚はほとんどなく、医者は最大限一年しかもたないと明言した。その期限が、もはや目の前に来ている。「うらやましいよ。暑さ知らずだなんて」と彼はわざと明るくいう。「いまに文化が進歩して、人間たちが気温を一定に調節して、この世から夏や冬を追放することになるのかもしれない。……私、そんな未来の国に住んでいるみたいね」。だが女はやがて目をつぶり、「夏は、もう私にははっきりとは思い出せない」といって涙をこぼした。「ねえ、夏って、どんなものだったの? 暑いって、どんなことなの?」。……眠った女を残して病院の表へ出た彼は、夏の街を歩きながら突然足をとめる。ひとつも暑くないのだ。むしろ、はだ寒ささえ感じられる。まぶしかった日射しは消え、どこにも夏がない。彼にも、夏がないのだ。

登場人物

冒頭部(原文より)

「……夏が来たのね」  女は、天井を見上げたままでいった。  白い天井。白い壁。白いシーツ。女の顔も白い。 「空を見ていると、わかるの。ついこないだまで、どんよりと空の濁った日ばかりがつづいてたわ。まるで、水に落ちたケント紙のような色の空だったわ。……それが、見てごらんなさい、あんな真青な色になって、むくむくした力こぶみたいな雲が見えるわ」

「暑くない夏」山川方夫(青空文庫)

末尾部(原文より)

 夕立が来ようとしているのだ。  やっと、彼に夏がかえってきた。彼は歩きだした。  空が翳り、落ちてくる大粒の雨の中で、だが、彼は自分にも夏がないと感じたいまの一瞬の記憶を、心の中でしっかりと握りしめるようにしていた。そのときだけ、彼は彼女の住む「未来の国」にさわり、その記憶だけが、彼女を彼につなぐ、ただ一つの手がかりであるのかもしれない……。  急速に空に黒い雲がひろがり、雨脚が繁くなった。わざと夏のその雨の中を歩きながら、彼は、ハンカチで顔をふきつづけた。

「暑くない夏」山川方夫(青空文庫)

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