鷭狩(泉鏡花)のあらすじ・登場人物
鷭を憐れむ旅の夜
- 恋愛
- 文字数
- 10,764字
- 読了目安
- 約22分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 石川県
この作品について
泉鏡花の短編。末尾に「大正十二(一九二三)年一月」とある。初冬の夜更け、加賀の片山津温泉の宿で、旅の画家・稲田雪次郎が女中のお澄と出会う。柴山潟へ鷭を撃ちに来る客をめぐって、画家が語る鷭への恩義と、お澄が背負う事情とが交錯し、旅先の一夜が思いがけない結末へ向かう。温泉宿の静けさのなかで、情と覚悟のやりとりが描かれる。
あらすじ
初冬の夜更け、加賀片山津の温泉宿の二階に泊まる三十歳ほどの客が、洗面所で雪のように白い女の後ろ姿を見て肝を冷やす。女は女中のお澄で、夜明け前の汽車で着く猟の客を迎えるため、時ならぬ湯と身支度をしていたのだった。客は洗面所での出会いを口実に酒の相手をさせ、やがて自分は画家の稲田雪次郎で、鷭を描いて上野の展覧会に入選したのだと名乗り、鷭は生命の恩人だから、柴山潟で名古屋の客が行う鷭撃ちをこの朝だけでも遅らせてほしいとお澄に頼む。着いた客は貸座敷の主人と幇間で、お澄は隣室でその主人から、夢を言い立てて猟を遅らせたと責められ、鉄の火箸で打たれる。声も立てずに耐えるお澄を、雪次郎は硝子越しに見ているしかない。夜明け前、猟の一行が船で発ったあと、雪次郎は入選は嘘で、本当は落選して飛び出してきた身だと白状する。お澄は、親兄弟を養うため旦那の世話を受けている身で、それでも彼の言葉を貫いたと明かし、礼にただ一つ、小指がほしいと願う。雪次郎は剃刀ではなく、その歯で食い切ってくれと求め、小指をお澄の口にゆだねる。
登場人物
- 稲田雪次郎 上野の展覧会に鷭の絵が入選したと名乗る旅の画家
- お澄 温泉宿の女中。猟の客の世話を受けている
- 名古屋の客 貸座敷の主人。鷭撃ちに毎年やって来る
- 幇間 名古屋の客のお供
冒頭部(原文より)
初冬の夜更である。 片山津(加賀)の温泉宿、半月館弓野屋の二階――だけれど、広い階子段が途中で一段大きく蜿ってS形に昇るので三階ぐらいに高い――取着の扉を開けて、一人旅の、三十ばかりの客が、寝衣で薄ぼんやりと顕れた。 この、半ば西洋づくりの構は、日本間が二室で、四角な縁が、名にしおうここの名所、三湖の雄なる柴山潟を見晴しの露台の誂ゆえ、硝子戸と二重を隔ててはいるけれど、霜置く月の冷たさが、渺々たる水面から、自から沁徹る。
「鷭狩」泉鏡花(青空文庫)
末尾部(原文より)
「お澄さん、剃刀を持っているか。」 「はい。」 「いや、――食切ってくれ、その皓歯で。……潔くあなたに上げます。」 やがて、唇にふくまれた時は、かえって稚児が乳を吸うような思いがしたが、あとの疼痛は鋭かった。 渠は大夜具を頭から引被った。 「看病をいたしますよ。」 お澄は、胸白く、下じめの他に血が浸む。……繻子の帯がするすると鳴った。
「鷭狩」泉鏡花(青空文庫)
原文を読む
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