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晩夏(堀辰雄)のあらすじ・登場人物

季節外れの湖畔に夫婦の旅

  • 心理

堀辰雄 1940年(昭和15年)9月 「婦人公論」

文字数
13,169字
読了目安
約26分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 長野県

この作品について

堀辰雄が1940年(昭和15)9月の「婦人公論」に発表した短編で、翌年刊行の作品集『晩夏』に収められた。夏の終わり、軽井沢の山小屋を急に閉めた「私」が、妻と二人で信州の野尻湖へ小旅行に出る数日を、日記に近い淡々とした筆で描く。外国人の別荘が並ぶ湖畔の小さなホテル、閉ざされた別荘地の散策、同宿する二人の外国人の娘、湖畔の村の人々など、季節外れの避暑地の静けさが中心になる。「私」が旅の間に読み進めるドロステ=ヒュルスホフの物語「ユダヤ人のブナの木」の筋が並行して語られ、病を抱えた夫と妻の「差し向いの淋しさ」が浮かび上がる。1938年に結婚した妻多恵子との暮らしが素材になっている。

あらすじ

夏の終わり、軽井沢で菓子屋の閉まりぎわを見て急に淋しくなった「私」は、ラケット入れの鞄を買い、妻と旅に出る。疲れやすいので、まず野尻湖を選んだ。モーターボートで外国人部落のはずれのレークサイド・ホテルに着くと、丸木造りの粗末なバンガローだったが、裏山に面した洋間に落ち着く。人けの絶えた別荘地を歩いて、夏のにぎわいを空想し、夕食には男の子のような身なりの娘と薔薇色の服の娘、二人の外国人と顔を合わせる。翌日は曇り、私はヴェランダでドロステ・ヒュルスホフの物語「ユダヤ人のブナの木」を読み進め、妻も隣で本を読む。散歩の途中、外国人部落と背中合わせの昔ながらの百姓家の一角を見つけて面白がり、坂では嫁を捜す老人に話しかけられる。対岸へ渡ろうと船宿を訪ねるが、主人は婚礼に出たまま戻らず、明朝の出征者を渡す約束に女房が困っている。二人は湖岸を歩いてY・W・C・Aの寮の入江まで行き、妻はボンファイアの思い出をはしゃいで話す。私は燃え残りの薪を湖へ投げようとしてやめ、妻は寂しそうに顔を伏せる。引き潮の渚を帰りながら、私は「差し向いの淋しさ」を口の中でつぶやく。その夜、物語を読み終え、翌朝は霧雨になった。ホテルも冬まで閉じるという。迎えの車を待つ間、私は窓から、草を積んだ親馬にじゃれつく仔馬を眺めている。

登場人物

冒頭部(原文より)

 けさ急に思い立って、軽井沢の山小屋を閉めて、野尻湖に来た。  実は――きのうひさしぶりで町へ下りて菓子でも買って帰ろうとしたら、何処の店ももう大概引き上げたあとで、漸っと町はずれのアメリカン・ベエカリイだけがまだ店を開いていたので、飛び込んだら、欲しいようなものは殆ど何も無かった、木目菓子の根っこのところだけ、それも半欠けになって残っていたが、いくら好きでも、これにはちょっと手を出し兼ねていた。そこへよく見かける一人の老外人がはいって来た。この店のお得意だと見え、「おやおや、お菓子、もうなんにも無いですね……」と割に流暢な日本語で店の売子に言葉を掛けながら、私の手を出しかねていたバウム・クウヘンを指して、「これは鼠が噛ったのですか?」などと常談さえ云う。「そうかも知れませんね。……それでもよろしかったら、先生に私から進物にしますわ。」雀斑のある若い娘も笑いながら、そんな返事をしている。「実は持て余していたところなんでしょう?」と老外人の見事な応酬。――そんな和気靄々たる常談の云いあいをあとに、私はビスケットだけ包んで貰って、さっさと店を出て来た。

「晩夏」堀辰雄(青空文庫)

末尾部(原文より)

 私は窓から見るともなしに霧雨のふっている裏山を見やっていた。蓑をきた男に手綱をとられながら、一ぱい背中に湿った草を積んだ馬が、その道をとぼとぼと登って往った。その馬の傍には、かわいらしい仔馬が一匹ついていく。ときどき親馬に体をすりつけたり、足でじゃれついたりしていた。馬子も、親馬も、仔馬のする事にはとりあわずにさっさと登ってゆく。仔馬は、しまいには親馬の背中から草をすこしばかりりとって、何という事もなしにそれを横に銜えている。その中には、草の花のようなものまで雑じっているのが見える。……

「晩夏」堀辰雄(青空文庫)

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