ピンの先き(チェスタトン)のあらすじ・登場人物
眠りのなかで解いた謎
- ミステリ
- 翻訳
- 文字数
- 21,923字
- 読了目安
- 約44分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
G・K・チェスタトンのブラウン神父ものの一編で、原題は「The Point of a Pin」。村崎敏郎の訳で早川書房のポケット・ミステリ『ブラウン神父の醜聞』(1957年)に収められた。舞台はイギリスの建築会社が手がける未完成の高層アパートで、労働争議の気配が漂うなか、社長サー・ヒューバート・サンドを名指しする脅迫の貼り紙が見つかる。毎朝ハンマーの音で目を覚ますブラウン神父が、資本家と組合のどちらにも肩入れしない立場から、事件の奇妙な組み立てを解きほぐしていく。労使対立や新聞の「強い男」という評判といった当時の社会の空気が、謎の仕掛けそのものに織り込まれているのが特徴である。
あらすじ
ブラウン神父の部屋の向かいでは、スインドン・サンド商会が巨大なアパートを建てていた。工事現場には、労働者会議の名で、賃下げや締め出しをすれば社長サー・ヒューバート・サンドを殺すという脅迫状が貼り出される。スポーツマンで「強い男」と評判のサンドは、甥ヘンリに促されて脅しに屈しないと決め、その日、ガラスの目をした小男から手紙を受け取って顔色を変える。翌々日、ヘンリが神父を訪ね、伯父が自殺したと告げる。川辺の木には「もう一泳ぎしてからおぼれて死ぬ」というサンドの署名入りの文句が刻まれ、岸には部屋着が脱ぎ捨てられていた。しかし部屋着を拾った神父は、たたんだまま留めてあったピンで指を刺し、サンドがそれを着ていなかったと見抜く。木に彫った大文字は、筆跡を偽るための細工だった。ヘンリは、夫人とその昔の恋人である秘書レイが共謀したとほのめかすが、神父は死体の隠し場所こそが要点だと考える。アパートの一室に住みはじめた元共同経営者スティンズ卿と話すうち、神父は気づく。脅迫状の狙いは、サンドを意地にさせて工事を止めさせることにあった。工事が止まっていた日の夜明け前、神父は眠りのなかで短いハンマーの音を聞いていたのである。会社の金を使い込み、私立探偵ジャクソンの調べで露見しかけたヘンリが伯父を絞め殺し、仕上がったばかりの一八八号室の床下に死体を打ちつけて隠していたのだった。労働者として現場に混じって床張りを覚えていたヘンリは、元の職人に気づかれないよう工事を止めさせ、スティンズが部屋に住みついたので、慌てて川の自殺劇をこしらえたのだった。ヘンリは逃げ出すが、待ち構えていた男たちに追われる。神父は、百軒の家になるはずの建物が一人の男の墓になったとつぶやく。
登場人物
- ブラウン神父 建築中のアパートの向かいに住む小柄なカトリック神父
- サー・ヒューバート・サンド 建築会社の社長。スポーツ好きで「強い男」と呼ばれる
- ヘンリ・サンド サンドの甥。労働者に混じって現場の仕事を覚えた青年
- スティンズ卿 会社の元共同経営者。冷ややかな老貴族
- サンド夫人 サンドの年下の妻。旧家の出
- ルーパート・レイ サンドの秘書
- ジャクソン ガラスの目をした小男の私立探偵
冒頭部(原文より)
ブラウン神父がいつも断言していたように、彼は眠つているうちにこの問題を解決したのであつた。そして事実そのとおりであつたが、ちよつと妙な所があつた。なぜかといえばそういうことになつたのはむしろ彼が眠りをさまたげられたときだつたからである。朝ばかに早く眠りをさまたげられたのは、ブラウンの部屋の向側に建築中だつた巨大なビルディング――つまり未完成ビルディングの中ではじまつたハンマーの音のためであつた。一家族ずつの部屋が積み重なつた巨大な建築で、まだ大部分は足場と掲示板でおおわれていた。掲示板には、建築者兼所有者として、スインドン・サンド商会の名前が出ていた。ハンマーの音が規則正しい間をおいてくりかえされるので、すぐそれとわかつたが、これはスインドン・サンド商会が新しいアメリカの床張り法を専門にしていたためで、この方法によると(広告に書いてあるとおり)完成後の平滑、堅固、不可侵及び永久の愉快が保証されるくせに、或る時期に重いハンマーで金具を叩きつける必要があつたのである。それでもブラウン神父は、この状態からでもささやかな喜びを引き出そうと努力して、おかげでいつも早朝のミサに間に合うようにおこしてくれるから、美しい鐘音のようなものだと言つていた。けつきよく、キリスト教徒がハンマーの音でおこされるのは鐘の音でおこされるのと同じくらい詩的だと、言つていた。実は、しかし、このビルディングの作業は、別の理由で、多少ブラウンの神経にこたえた。というのは半分建てかけの摩天楼の上に労仂危機の可能性が雲のようにたれこめていたからである……この危機を各新聞はどこまでもストライキだと主張して書き立てていた。実際問題としては、もしそんなことになつたら、職工締出しになりそうであつた。しかしブラウンはそんなことになりはすまいかと思つて、ずいぶん気にしていた。それからハンマーの音が注意力を疲労させるのは、それが永久に続きそうだからか、それともいまにも止まりそうだからか、そこがよくわからなかつた。
「ピンの先き」チェスタトン(青空文庫)
末尾部(原文より)
「わしが最初に言つたとおりでした」とブラウンは言つた。 「これはエジプト王とピラミッドをうたつたフランソア・コペの詩を思わせますわい。この建物は百軒の家になると思われています……それなのに、この山のようなビルディングの全部がわずか一人の男の墓場になつていますわい」
「ピンの先き」チェスタトン(青空文庫)
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