手早い奴(チェスタトン)のあらすじ・登場人物
人けのない酒場の一杯
- ミステリ
- 翻訳
- 文字数
- 24,838字
- 読了目安
- 約50分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
G・K・チェスタトンのブラウン神父ものの一編。原題は「The Quick One」。サセックスの海辺のホテルは改装の最中で、客は東洋風に飾りつけたばかりの酒場に集められていた。酒の出張販売人たちの一団、禁酒運動の牧師と彼が招いたイスラム教徒の講演者、そしてホテルの酒にけちをつけてばかりいる土地の頑固な老紳士が顔を合わせ、宗教と酒をめぐる口論が起こる。居合わせたのは神父と友人の警部。修繕中で人手の足りない宿という舞台が謎の鍵を握り、題名の「手早い奴」――酒場で一杯だけ引っかけていく客――をめぐって捜査が進む。終盤には、イギリスの気骨ある人物たちを語る神父の熱弁もある。原作は短編集『ブラウン神父の醜聞』(1935年)に収められたシリーズ最後期の一編で、村崎敏郎の訳は1957年に早川書房のハヤカワ・ポケット・ミステリから刊行された同書の翻訳による。
あらすじ
サセックスの海辺のホテル、メイポール・アンド・ガーランドは改装中で、客は東洋風に飾った酒場に通されていた。グリーンウッド警部と居合わせたブラウン神父は、なぜかここなら人殺しは楽だろうと考える。酒の出張販売人の一団を率いる大男ジュークスが騒ぎ、禁酒運動のプライス・ジョーンズ師がイスラム教徒の講演者アクバールを連れて来てミルクを頼んだことから口論になる。さらに土地の頑固者ラグリー老人が現れ、近ごろの酒場のいかさまを暴いてやると息巻き、マホメットを罵ると、アクバールは壁の短剣を投げつけた。だがラグリーは、それをむしろ気に入って相手と和解する。翌朝、酒場の隅で、心臓を短剣で刺されたラグリーの死体が見つかる。神父は、刺されたのは死後だと見抜き、本当の死因は毒だとにらむ。死体を刺したのは、ホテルに疑いがかかるのを恐れた支配人だった。神父は、カウンターに残っていた持ち主の知れないウイスキーのグラスに目をとめ、階段を掃除していた少年が見た、マント姿でエディンバラへ急いでいた「手早い奴」を国中に手配させる。捕まったのはラグリーと因縁のあるスコットランド人の土地管理人グラントで、警察は犯人だと沸くが、神父が必要としたのは証人だった。誰がウイスキーを出したかと問われたグラントは、大男のジュークスを指さす。ジュークスはホテルの支配人と結んで秘密の手数料をやりとりしており、それを暴こうとしたラグリーを、無人の酒場でチェリーブランデーの瓶を毒入りのものとすり替えて殺していた。すり替えの最中に入ってきた客に、彼はバーテンのふりをして酒を出したのだった。
登場人物
- ブラウン神父 グリーンウッド警部と酒場に居合わせたカトリックの神父
- グリーンウッド警部 私服で旅をしていた警部
- ジョン・ラグリー 怒りっぽい土地の老紳士。チェリーブランデーしか飲まない
- ジュークス 酒の会社の出張販売人。一団の音頭を取る大男
- デビッド・プライス・ジョーンズ師 禁酒運動の伝道者
- アクバール 禁酒の講演に招かれたイスラム教徒
- ウイルズ ホテルの支配人
- ジェームズ・グラント マントを着てエディンバラへ急いでいたスコットランド人
冒頭部(原文より)
不調和な二人連れの不思議な男たちの不思議な話がいまだにサセックスのあのせまい海岸附近で語り伝えられている。この浜にはメイポール・アンド・ガーランドという、静かな大ホテルが庭から海を見晴らしている。おかしな組合せの二つの人影がその静かなホテルにほんとにはいつてきたのはあのよく晴れた日の午後であつた……一人は、褐色の顔と黒い顎ひげをかこむように、ツヤツヤした緑色のターバンを巻いていたので、日なたではひどく目立つて海岸一帯からよく見えた。もう一人は、ライオンみたいに長い黄色の口ひげと黄色の髪の毛をはやし、柔らかい真黒な牧師の帽子をかぶつていたので、いつそう気違いじみた不気味なようすだと思つた人もあるかもしれない。この男は少なくともたびたび姿を見せて、砂地でお説教をしたり、少年禁酒隊の礼拝を小さな木製のすきで指揮したりしていたことがあつた。ただホテルのバーにはいつてくる姿はたしかにいままでに一度も見せたことがなかつた。この変てこな二人連れの到着は物語のクライマックスであるが、そもそもの初めではない。そこで、かなり神秘的な物語をできるだけはつきりするために、初めからはじめるほうがよかろう。
「手早い奴」チェスタトン(青空文庫)
末尾部(原文より)
「どうもあなた自身がかなり手早い男のようですね」とグリーンウッドは批評した。「だつてあなたは人けのない部屋の空気にふれただけで、すぐ最初から何かをかぎつけたと言われるんですからね。あなたは最初からジュークスを多少とも疑つていたんですか?」 「フム、ともかくあの男はかなり金持らしい口調でした」とブラウン神父はあいまいな返事をした。「あなたは人が金持らしい声を出すのはどんな時かご存じでしよう。だからわしは、あの正直な連中がみんなかなり貧しいらしいのに、なぜこの男だけこんなにうんざりするような金持らしい声を出すのかなと、なんとなく考えてみました。したがわしはあの大きなキラキラ光るネクタイピンを見たとき、この男はインチキだなとわかつたのです」 「つまりあのネクタイピンがインチキだつたからですね?」とグリーンウッドは疑わしげにきいた。 「いやいや、本物だつたからですわい」とブラウン神父は言つた。
「手早い奴」チェスタトン(青空文庫)
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