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沈黙の塔(森鴎外)のあらすじ・登場人物

危険なる洋書をめぐる寓話

  • 社会

森鴎外 1910年(明治43年)11月 「三田文学」

文字数
6,135字
読了目安
約12分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

『三田文学』1910年11月号に発表された寓話的な短編。インドの沈黙の塔のそばで、パアシイ族が「危険なる洋書」を読む者を殺しているという新聞記事を読んだ「己」の見聞として、自然主義と社会主義の書物が取り締まられるさまを描く。発売禁止や言論統制が強まる同時代の日本を、異国の出来事に置き換えて眺める構成で、芸術や学問は因襲を破るところに価値があると論じる。

あらすじ

夕暮れの海岸に立つ「己」は、塔に死骸を運び込む車の列を眺める。ホテルで脚の長い男に尋ねると、それはマラバア・ヒルの沈黙の塔で、パアシイ族の死骸だという。仲間同士で、自然主義と社会主義の本を読む者を殺しているのだと、男は新聞を見せる。若いパアシイ族の間に自然主義の小説が生まれ、因襲を否定し性欲を描くとして禁止され、そのころ革命者の運動で社会主義の書物も禁じられた。やがて文芸全般が「危険なる洋書」を媒介とする思想として疑われ、パアシイ族は、洋書を読み訳す者を殺せと主張するようになった。新聞は、殺された人々が読んだ本を一々挙げる。トルストイ、ドストエフスキー、ゴーリキー、モーパッサン、イプセン、ワイルドらの作が危険とされるのを読んで、己は驚く。己は、芸術も学問も因襲を破るところに価値があり、新しい道を行く人の背後にはいつも反動者の群が隙をうかがっていて、洋書はただの口実にすぎないと考える。塔の上では、鴉の宴がたけなわである。

登場人物

冒頭部(原文より)

高い塔が夕の空に聳えている。 塔の上に集まっている鴉が、立ちそうにしてはまた止まる。そして啼き騒いでいる。

「沈黙の塔」森鴎外(青空文庫)

末尾部(原文より)

芸術も学問も、パアシイ族の因襲の目からは、危険に見えるはずである。なぜというに、どこの国、いつの世でも、新しい道を歩いて行く人の背後には、必ず反動者の群がいて隙を窺っている。そしてある機会に起って迫害を加える。ただ口実だけが国により時代によって変る。危険なる洋書もその口実に過ぎないのであった。 マラバア・ヒルの沈黙の塔の上で、鴉のうたげが酣である。

「沈黙の塔」森鴎外(青空文庫)

名文

高い塔が夕の空に聳えている。

鴎外『沈黙の塔』の書き出し。鴉の騒ぐ塔へ車が何かを運び込む不穏な光景から、思想弾圧を寓意した物語が始まる。

芸術も学問も、パアシイ族の因襲の目からは、危険に見えるはずである。なぜというに、どこの国、いつの世でも、新しい道を歩いて行く人の背後には、必ず反動者の群がいて隙を窺っている。

「危険なる洋書」の取り締まりを寓話の国に託して論じた一節。新しい道を行く者には必ず反動が迫るという、時代への鋭い批判である。

マラバア・ヒルの沈黙の塔の上で、鴉のうたげが酣である。

『沈黙の塔』の最後の一文。冒頭の塔の情景へ戻り、「危険なる洋書」を口実にした迫害を寓意で締めくくる。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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