絵本の春(泉鏡花)のあらすじ・登場人物
花の小路に潜む怪異
- 怪奇
- 幻想
- 文字数
- 6,448字
- 読了目安
- 約13分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
泉鏡花の短編。雪解けのあとに花が咲きそろう山国の城下町を舞台に、語り手の「私」が少年の日に見た、花の裏小路の壊れ木戸と貸本の貼り紙にまつわる怪異を語る。昔の伝説、易者の小母さんの語り、のちの洪水の挿話が重なる。大正15年(1926)1月、「文藝春秋」に掲載された。
あらすじ
山国の城下町に、荒れた土塀が続く桃の小路がある。語り手の私は、十余りの少年だったころ、日暮れにこの小路の壊れた木戸に「貸本」の貼り紙を見て、中を覗き込んでいた。そこへ、小路の出口に住む易者の大柄な小母さんが湯帰りに通りかかり、少年を家へ連れ帰る。小母さんは、この小路には昔、年月の揃った若い女の生肝を取ろうとして命を奪われた女の言い伝えがあると語り、貼り紙は魔のしわざだと少年を諭す。少年が、木戸の奥で高島田のお嬢さんから草双紙を借りたと打ち明けると、小母さんの顔つきが変わる。後半は、のちにその川を襲った洪水の話で、水に流れる島田髷や赤い蛇、海辺の砂に鎌首をもたげる無数の蛇が語られて閉じられる。
登場人物
- 私(新坊) 語り手。少年のころ小路の木戸を覗いていた
- 小母さん 小路の出口で易者をする大柄な女
- 高島田のお嬢さん 木戸の奥に現れる美しい女
冒頭部(原文より)
もとの邸町の、荒果てた土塀が今もそのままになっている。……雪が消えて、まだ間もない、乾いたばかりの――山国で――石のごつごつした狭い小路が、霞みながら一条煙のように、ぼっと黄昏れて行く。 弥生の末から、ちっとずつの遅速はあっても、花は一時に咲くので、その一ならびの塀の内に、桃、紅梅、椿も桜も、あるいは満開に、あるいは初々しい花に、色香を装っている。石垣の草には、蕗の薹も萌えていよう。特に桃の花を真先に挙げたのは、むかしこの一廓は桃の組といった組屋敷だった、と聞くからである。その樹の名木も、まだそっちこちに残っていて麗に咲いたのが……こう目に見えるようで、それがまたいかにも寂しい。
「絵本の春」泉鏡花(青空文庫)
末尾部(原文より)
荒海の磯端で、肩を合わせて一息した時、息苦しいほど蒸暑いのに、颯と風の通る音がして、思わず脊筋も悚然とした。……振返ると、白浜一面、早や乾いた蒸気の裡に、透なく打った細い杭と見るばかり、幾百条とも知れない、おなじような蛇が、おなじような状して、おなじように、揃って一尺ほどずつ、砂の中から鎌首を擡げて、一斉に空を仰いだのであった。その畝る時、歯か、鱗か、コツ、コツ、コツ、カタカタカタと鳴って響いた。――洪水に巻かれて落ちつつ、はじめて柔い地を知って、砂を穿って活きたのであろう。 きゃッ、と云うと、島が真中から裂けたように、二人の身体は、浜へも返さず、浪打際をただ礫のように左右へ飛んで、裸身で逃げた。
「絵本の春」泉鏡花(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。