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煙突(山川方夫)のあらすじ・登場人物

屋上で弁当を半分こする

  • 青春
  • 社会

山川方夫 1964年(昭和39年)11月 「文學界」

文字数
29,535字
読了目安
約59分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 東京都
  • 神奈川県

この作品について

終戦の年の秋、動員をまぬがれて校舎に残された中学三年生の「ぼく」は、玄関脇の小部屋で胸を病んだ上級生たちと無為の毎日を過ごしていた——山川方夫が「文學界」に発表した自伝的な中編。屋上で一人だけの六大学野球リーグ戦をする「ぼく」と、昼食を抜いている山口。半分に分けた弁当だけでつながった友情が、対空擬装で白黒に塗り分けられた二十メートルの煙突の上へ、二人を運んでいく。

あらすじ

三田の校舎を焼かれた中学は、天現寺の小学校に同居することになった。三年生以上は全員が大井町の被災工場の後始末に動員され、病弱の「ぼく」は五人の残留組として、日の当たらない小部屋で無為の時間を過ごす。二宮から片道二時間以上の通学、粟のお握りだけの弁当、絶え間ない空腹。ぼくは同僚から自分を隔離するため、毎日曜に貸本屋で七冊借り、一日一冊を自分に強制した。授業中の屋上ではボールを壁にぶつけ、一人きりの六大学リーグ戦を挙行した。——一月中旬、決勝戦の日、屋上には先客がいた。同学年の山口。色白で神経質で、可愛い兎のような顔のくせにおそろしく不愛想な少年だった。目が合って交わした力ない微笑から、ぼくは彼が昼食を抜いていることに気づく。照れくささと母への罪悪感と、彼のプライドを傷つける怖れとを飛び越えて、ぼくは「よかったら、たべろよ。半分」と口走ってしまう。……以来二人は毎日、午後の授業がはじまると別々の階段から屋上でおちあい、無言で一つの弁当を正確に二等分した。それ以外の時間は目も合わせない。ぼくらは下界を見下ろし、人間たちをアリの世界の出来ごとに見立てて笑った。やがてぼくは、山口の家がバラックでない家を建てるために家族全員で倹約しているらしいという噂を聞くが、ついに一言も触れなかった。——三月、動員解除と全員の復校が告げられる。健康という名の暴力の渦を思って暗澹とするぼくの前に、山口が現れ、「なにひとつ、変える必要はないんだ」といい、それから唐突に誘った。「山川。……二人でこの煙突にのぼってみないか?」

登場人物

冒頭部(原文より)

 戦災で三田の木造校舎を全焼したぼくらの中学校は、終戦後、同じ私学の組織下の小学校に、一時同居することになった。昭和二十年十月一日から、だからかつて五反田の家から通っていた天現寺の小学校に、ぼくは今度は中学三年生として、疎開先の二宮から片道二時間以上もかけて通学せねばならなかった。

「煙突」山川方夫(青空文庫)

末尾部(原文より)

 しばらくのあいだ、ぼくは同じ姿勢のまま、いちめんに死んだ魚の目玉の白さをむきだしにしている、どんよりと曇った冬の日のその天の魚を見ていた。低く垂れた雲のむこうに、かすかにB29らしい爆音が一つ、いつまでも聴こえていた。やがて、気がついたとき、山口の姿はすでに屋上にはなかった。ぼくは一人だった。風が急につめたく、おそろしいような、しびれるような、ヒリヒリする痛みとも哀しみともつかぬ感傷的な寒さを、ぼくはその風にもてあそばれている頬のあたりにかんじた。いったい、ぼくはなにをしているのだろう。なにをしようとしているのか、とぼくは思った。そうだ。とにかくなにかをはじめなければならない。――  ぼくはふらふらと落ちていたボールを拾うと、そのままいつもの壁に向かい、突然、わざと晴れやかな大声で「プレイ・ボール」と叫んだ。

「煙突」山川方夫(青空文庫)

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