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艶妖記(山本周五郎)のあらすじ・登場人物

忍術の発祥を語る諧謔伝奇

  • 歴史
  • 風刺

山本周五郎 1948年(昭和23年)2月 「新読物」

文字数
18,769字
読了目安
約38分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 岐阜県

この作品について

山本周五郎が1948年(昭和23年)、「新読物」に発表した、忍術をめぐる諧謔的な伝奇物語。忍術の「真の発祥」を語ると称する語り手が、飛騨の玉造りの家に生まれた、跛で片眼、傴僂という三重苦の少年・八百助の数奇な物語を、とぼけた筆致で語る。神々への抗議や妖しい美女との珍問答など、笑いと奇想に満ちた一編である。

あらすじ

「読者諸君は『にんじゅつ』というものを御存じであろうか」——語り手は、巷にあふれる猿飛小説の「小市民的みみっちさ」を憫笑し、自分こそ忍術の真の発祥を記すのだと大仰に宣言して、雄大なる物語を始める。舞台は、豊臣氏が滅び徳川の世が緒についたばかりの、混沌とした時代。飛騨のくに吹矢村の玉造りの家に、八百助という少年がいた。生まれつきの跛で、二歳で片眼をつぶし、五歳で傴僂になった、三重苦の身である。母は「洞瀬山の曾古津様に祈って身籠った子なのに」と嘆く。それを聞いた八百助は、七歳にして曾古津神社へ「掛合い」にゆき、御神体に自分の躰の修正を要求するが、神は出雲へ出かけた留守だったり、寝そべって答えなかったりで、まるで験がない。やがて彼は、あらゆる神仏に渡りをつけながら、三重苦を抱えたまま十五歳を迎える——。妖しい美女おせん(嬢)に言い寄られては、その正体がいつしか高札の柱だったという幻術めいた顛末など、笑いと奇想が横溢する。「第一の物語をこれで終わる」と結ばれる、山本の諧謔的な伝奇である。

登場人物

冒頭部(原文より)

 読者諸君は「にんじゅつ」というものを御存じであろうか。近ごろもろもろの雑誌にしばしば猿飛小説を散見する。筆者は少年のころから専らにんじゅつを愛好しかつ惑溺するあまり、これが史的事業の検覈と究明のため、文献を渉猟し遺跡を踏査して、すでにその蘊奥をきわめているが、その眼をもってこれら一連の猿飛小説をみるに、その小市民的みみっちさとけち臭き合理主義とに憫笑を禁じ得ないのである。

「艶妖記」山本周五郎(青空文庫)

末尾部(原文より)

「――まあ、なんて人を馬鹿にする木念仁だろう」嬢はとんと足踏みをし、眼をつり上げて罵しった、「あたしの美しさなんかてんでわからない木偶の坊だわ、ええ口惜しい」  吹矢村での所用を果たした八百助はこれより出来六を捜しに旅立つと申す。されば第一の物語をこれで終わるとつかまつろう。

「艶妖記」山本周五郎(青空文庫)

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