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二人の友(森鴎外)のあらすじ・登場人物

小倉で出会った二人の友

  • 心理

森鴎外 1915年(大正4年)6月 「アルス」

文字数
11,632字
読了目安
約23分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 福岡県
  • 東京都

この作品について

森鷗外が小倉で過ごした年月を背景に、「私」と二人の友人との交わりを回想した短編。ドイツ語に非凡な自信を持つ青年F君が東京から「私」を追って押しかけてくる場面に始まり、哲学書の訳読をする若い僧・安国寺さんを交えた付き合いが、東京へ移ってからも続いていく。初出は雑誌『アルス』。肩の力を抜いた回想の語りで、人物の癖や言動を丹念に写している。

あらすじ

小倉に足掛け四年暮らした「私」は、最初の年の十月、役所から帰った家で、洋服姿の若い男の訪問を受ける。F君と名乗る同郷の石見人で、ドイツ語を深く学ぶために東京から私を追って来たという。試しに心理学書の一節を読ませると、術語だらけの原文を苦もなく説き明かし、狂人ではないかと疑った私は驚く。金がないと聞いた私は宿屋に預けて、土地の青年団体にドイツ語教師の口を世話した。やがて私は、F君が異性にほとんど疎い純朴な人物だと知って距離を縮める。そのころ私の家には若い僧の安国寺さんが通い、唯識の講義とドイツ文の哲学入門の訳読を交換していた。私が東京へ戻ると安国寺さんも跡を追って上京し、F君も同じ下宿に入る。語学の教え方が合わず、安国寺さんは苦しむ。やがてF君は向かいの下宿の女学生と結ばれ、反対する親元を説得する使者に安国寺さんが立つ。私が日露戦争に出征する間に、安国寺さんは病を得て九州の寺の住職となり、F君は小石川に住み続け、数年後に咽頭癌のため急死した。

登場人物

冒頭部(原文より)

私は豊前の小倉に足掛四年いた。その初の年の十月であった。六月の霖雨の最中に来て借りた鍛冶町の家で、私は寂しく夏を越したが、まだその夏のなごりがどこやらに残っていて、暖い日が続いた。

「二人の友」森鴎外(青空文庫)

末尾部(原文より)

F君は相変らず小石川に住んで、第一高等学校に勤めていた。君と私との忙しい生活は、互に訪問することを許さぬので、私は時々巣鴨三田線の電車の中で、君と語を交えるに過ぎなかった。 それから四五年の後に私は突然F君の訃音に接した。咽頭の癌腫のために急に亡くなったと云うことである。

「二人の友」森鴎外(青空文庫)

原文を読む

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