蠅を憎む記(泉鏡花)のあらすじ・登場人物
昼寝の悪夢に群がる蠅
- 怪奇
- 幻想
- 文字数
- 3,090字
- 読了目安
- 約6分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
この作品について
1901年(明治34年)6月、「文芸界」に発表された掌編。夏の昼下がり、店の奥の部屋でうたた寝をする幼い金坊に、一匹の蠅が取りつき、悪夢の中で恐ろしい怪物のように膨れ上がっていく。色鮮やかな糸の幻、蠅が人の面を帯びて見える場面など、身近な虫を幻想的な怪異に変える筆が鮮烈な小品。
あらすじ
夏の昼、幼い金坊は姉の針箱の糸巻をいたずらしているうちに眠くなり、仰向けに寝転ぶ。そこへ一匹の蠅が眉や頬に留まりはじめ、金坊は手で払うこともできないまま悪夢に引き込まれる。蠅は数を増し、客だった紳士と田舎者の顔を思わせる、烏帽子や素袍をつけた大きな蠅が胸に乗って息を詰まらせる。部屋は蠅で覆われ、京人形や姫百合までもが怯えるなか、御厨子の中から観音の気配が漂っても蠅は退かず、金坊の息は止まりそうになる。そのとき店から戻った姉が団扇で蠅を追い払い、いたずらっ子ねと微笑みながら、弟の唇に紅を差す。金坊は我に返り、姉が来なければ病んでいただろうと思う。
登場人物
- 金坊 針箱をいたずらして眠り込む幼い弟
- 姉 店の商売に出ていて、悪夢の最中に戻ってくる優しい姉
冒頭部(原文より)
いたづら為たるものは金坊である。初めは稗蒔の稗の、月代のやうに素直に細く伸びた葉尖を、フツ/\と吹いたり、たけた顔を斜めにして、金魚鉢の金魚の目を、左から、又右の方から視めたり。 やがて出窓の管簾を半ば捲いた下で、腹ンばひに成つたが、午飯の済んだ後で眠気がさして、くるりと一ツ廻つて、姉の針箱の方を頭にすると、足を投げて仰向になつた。
「蠅を憎む記」泉鏡花(青空文庫)
末尾部(原文より)
「酷いこと!」と柳眉逆立ち、心激して団扇に及ばず、袂の尖で、向うへ払ふと、怪しい虫の消えた後を、姉は袖口で噛んで拭いて遣りながら、同じ針箱の引出から、二つ折、笹色の紅の板。 其れを紅差指で弟の唇に。 一寸四辺をして又唇に。 花の薫が馥郁として、金坊は清々して、はツと我に返つた。あゝ、姉が居なければ、少くとも煩つたらう。
「蠅を憎む記」泉鏡花(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。