箱の中のあなた(山川方夫)のあらすじ・登場人物
シャッターを頼まれた女
- ミステリ
- 怪奇
- 文字数
- 3,373字
- 読了目安
- 約7分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
観光地の丘で、旅行者に写真のシャッターを頼まれた内気な女——山川方夫がヒッチコック・マガジンに書いたショートショートの一編。日常の隣にある狂気を、乾いた筆致で切りとった手際が鮮やかである。
あらすじ
夕焼けに染まる丘の上で、カメラを首から吊るした男が彼女に声をかけた。この風景をバックに一枚撮ってほしい、シャッターさえ押してくれればいい——。三十を過ぎてなお一人暮らしを続けてきた内気な彼女は、首すじまで真っ赤にして、おそるおそるカメラを受け取る。小さな箱の暗いガラス板の上に、血のような夕陽を浴びた男の姿が結ばれた。まっすぐな鼻、薄い女のような唇。のしかかるような圧力そのものだった「男性」は、そこでは輪郭の明瞭な小さな愛らしい人形となり、はじめて彼女はその男を所有することができた。うっとりと、彼女は飽かず眺めつづける。——数日後、彼女は現像された写真を受け取り、必要なただ一枚を姫鏡台の上の枠に入れて飾った。「これでいいの」。目を細めて彼女は語りかける。「ね? 殺しちゃって、ごめんなさい? でも我慢してね。私は、生きている人がこわいの」。生きている人はいつどこへ行くかわからず、本当には自分のものになってはくれない。このあなたなら決して裏切らない、いつまでもいっしょに暮らしましょうね——。ふとカレンダーに目をやった彼女は、今日が一昨年の「あの人」の命日だと気づき、鍵をかけた本棚のいちばん上の戸を開ける。そこには、同じ黒いリボンをつけた写真立てが並び、若い男たちが、あの丘の夕映えの中で得意のポーズのまま笑っていた。
登場人物
- 彼女 三十を過ぎて一人暮らしをする内気な女
- 男 丘の上で写真を頼んだ旅行者
冒頭部(原文より)
「あの、失礼ですが」 なめらかな都会ふうの男の声がいった。彼女は、臆病と疑惑とがいっしょになったようなぎごちない様子で、立ち止った。 丘の上は、すばらしい夕焼けで赤く染っていた。馬の背のような地面に、まばらな木が細長い影をつくっていた。 「いい景色ですねえ、ほんとに。……これ、なんの木です?」
「箱の中のあなた」山川方夫(青空文庫)
末尾部(原文より)
彼女は、幸福そのものの顔になって、いまはなんの臆するところもなく、そのひとつひとつの男の顔を、つぎつぎと仔細にみつめつづけた。男たちは、そろってあの丘の上の豪奢な夕映えにまみれ、炎のような形の樹を背にして、彼女の手で箱のなかに収められた瞬間の、それぞれの得意なポーズのままで笑っていた。
「箱の中のあなた」山川方夫(青空文庫)
原文を読む
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