半七捕物帳 筆屋の娘(岡本綺堂)のあらすじ・登場人物
舐め筆の娘の急死
- ミステリ
- 歴史
- 文字数
- 15,139字
- 読了目安
- 約30分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
- 群馬県
この作品について
岡本綺堂「半七捕物帳」の一編で、「蝶合戦」の数日後に「わたし」が訪ねたときの話として語られる。浅草田圃の太郎稲荷がにわかに流行った慶応三年の八月、下谷広徳寺前の筆屋東山堂の姉娘おまんが、夕方から苦しみ出して吐血し、その夜のうちに死ぬ。東山堂は姉妹そろった器量よしの看板娘が、買った筆の穂を舌でなめて揃えてから渡してくれるというので「舐め筆」と呼ばれる評判の店だった。食あたりとして葬ろうとする店に不審を抱いた半七は、下っ引の源次や、常磐津の師匠をしている妹のお粂の手も借りながら、寺の多い下谷の町で探索を進める。終盤は江戸を離れ、中山道の旅路へと舞台が移る。
あらすじ
慶応三年七月末、下谷広徳寺前の筆屋東山堂の姉娘おまんが急に苦しみ出し、吐血して死んだ。東山堂は姉妹が買った筆の穂をなめて揃えて渡すので「舐め筆」と評判の店だった。店は食あたりとして葬ろうとするが、半七の届けで検視が行われ、毒死とわかる。翌朝、近くの徳法寺の若い僧善周も同じように吐血して死んでおり、下っ引の源次は二人の心中と見る。だが徳法寺の老住職は二人の関係をきっぱり否定する。半七は善周の硯箱に、死の前日に東山堂で買った新しい筆を見つけ、店の小僧から、その日十七八の色白の娘が筆を買い、一刻ほどして取り替えに来たと聞き出す。半七は、妹娘お年に馬道の質屋上州屋の息子から縁談が来ていることを知っていた。妹お粂の聞き込みで、お年が稽古に通う常磐津の師匠の家の窓から、同じ年頃の娘がお年をのぞいていたこともわかる。娘は上州屋の女中お丸と見当がつく。お丸は毒を塗った筆を取り替えて店に置き、それを売るときになめたおまんと、買った善周が死んだのだった。お丸は上州屋の息子と通じていて、縁談の相手を殺すつもりで、相手を取り違えたのだった。毒の出どころは、お丸と通じていた両国の薬種屋の息子与之助だった。二人は駆け落ちし、半七は庄太を連れて中山道を追う。上州妙義の女郎屋で与之助を見つけ、逃げ込めば手出しできない妙義の黒門の手前まで追いつめると、与之助は転んで舌を噛んで死んだ。お丸は熊谷で与之助の胴巻を奪って姿を消し、のちに赤城山中で裸の死骸となって見つかった。
登場人物
- 半七 神田三河町の岡っ引。筆屋の娘の毒死を探る
- おまん 下谷広徳寺前の筆屋東山堂の十八の姉娘
- お年 東山堂の十六の妹娘。上州屋から縁談が来ている
- 源次 下谷を持ち場にする下っ引
- お粂 半七の妹。神田明神下の常磐津の師匠
- お丸 馬道の質屋上州屋の十七の女中。かわいい顔に似合わず身持ちが悪い
- 与之助 両国の薬種屋の息子
冒頭部(原文より)
一 久し振りで半七老人に逢うと、それがまた病みつきになって、わたしはむやみに老人の話が聴きたくなった。「蝶合戦」の話を聞いたのち四、五日を経て、わたしはこの間の礼ながらに赤坂へたずねてゆくと、老人は縁側に出て金魚鉢の水を替えていた。けさも少し陰って、狭い庭の青葉は雨を待つように、頭をうなだれて、うす暗いかげを作っていた。
「半七捕物帳 筆屋の娘」岡本綺堂(青空文庫)
末尾部(原文より)
「お丸はそれから何処をどうさまよい歩いたのか知りませんが、やっぱり上州の赤城の山のなかに素裸で死んでいたそうです。着物も帯も腰巻も無しで……。誰かに身ぐるみ剥がれて、絞め殺されたんでしょう。死骸の二の腕に上州屋の息子の名前が彫ってあったので、お丸だということがようよう判ったのです。上州屋もそれがために飛んだ引合を付けられて、ずいぶん金をつかったようでした。そんなわけで、舐め筆の娘との縁談も無論お流れになってしまいました。東山堂もそれからけちが付いて、店もだんだんにさびれて来ました。あすこの筆を舐めると死ぬなんて、云い触らす奴があるからたまりませんよ。妹娘はその後に洋妾になったとかいう噂ですが、ほんとうだかどうだか知りません。舐め筆ではやり出した店が舐め筆でつぶれたのも、なにかの因縁でしょう」 老人の予言通り、帰る頃には雨となった。
「半七捕物帳 筆屋の娘」岡本綺堂(青空文庫)
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