半七捕物帳 川越次郎兵衛(岡本綺堂)のあらすじ・登場人物
江戸城の玄関で天下を渡せ
- ミステリ
- 歴史
- 文字数
- 22,545字
- 読了目安
- 約45分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
- 埼玉県
この作品について
岡本綺堂「半七捕物帳」の一編。川越喜多院の桜を見てきた語り手に、半七老人は、花川戸から新河岸川をさかのぼる夜船で江戸と結ばれていた城下町川越の思い出を語り、江戸城大玄関の一件に話を移す。安政二年三月、御金蔵破りの翌日、手織縞に脚絆草鞋の男が本丸の表玄関に現れ、東照宮のお告げだから天下を自分に引き渡せと叫んだ。笠には「武州川越次郎兵衛」と書かれていた。乱心者とされた男は町方へ引き渡される途中で姿を消す。幕府の秘密主義と江戸末期の世相を描く一話。
あらすじ
安政二年三月七日、御金蔵破りの騒ぎのさなか、江戸城本丸の表玄関に田舎者風の男が現れ、天下を渡せと叫んで取り押さえられる。笠には「武州川越次郎兵衛」とあったが、肌身の臍の緒書きは野州宇都宮在の粂次郎だった。男は天狗に攫われて落ちてきたことにされ、町方へ引き渡される途中、「旋風」とともに消える。面目を失った八丁堀の坂部治助に頼まれた半七は、外神田の番太郎要作の女房お霜の弟が川越の次郎兵衛で、三月に出てきてすぐ行方知れずになったと知る。浅草の粋な年増や、同郷の娘お磯も次郎兵衛を訪ねてきていた。子分の亀吉が川越を調べ、年増は、お磯を吉原へ売る世話をした花川戸の女衒の女房お葉とわかる。半七が浅草へ行くと、馬道の大きな菓子屋増村の番頭が、お葉が若主人をゆすりに来ていると打ち明ける。半七は、退屈した大店の息子たちが、城の玄関で天下を渡せと呶鳴った者に褒美を出すという悪ふざけを仕組んだと見抜く。夫婦喧嘩の末に大川へ身を投げかけたお霜を救って問いただすと、次郎兵衛は川越からの夜船でお葉と知り合い、家に引き留められたとき笠を置き忘れたのだった。城へ乗り込んだのは、山谷堀の太鼓持で元は国定忠治の子分の三八、本名粂次郎で、お葉の家で見つけた笠を使っていた。一件は表沙汰にせず内々で収められた。
登場人物
- 半七 神田の岡っ引。江戸城に現れた男の行方探しを内々に頼まれる
- 亀吉 半七の子分。川越へ出向いて次郎兵衛の身元を探る
- 坂部治助 八丁堀同心。男を取り逃がして面目を失う
- お霜 外神田の番太郎要作の女房。次郎兵衛の姉
- 次郎兵衛 武州川越在の若者。屋敷奉公を望んで江戸へ出る
- お葉 花川戸の女衒の女房。垢抜けた年増
冒頭部(原文より)
四月の日曜と祭日、二日つづきの休暇を利用して、わたしは友達と二人連れで川越の喜多院の桜を見物して来た。それから一週間ほどの後に半七老人を訪問すると、老人は昔なつかしそうに云った。 「はあ、川越へお出ででしたか。わたくしも江戸時代に二度行ったことがあります。今はどんなに変りましたかね。御承知でもありましょうが、川越という土地は松平大和守十七万石の城下で、昔からなかなか繁昌の町でした。おなじ武州の内でも江戸からは相当に離れていて、たしか十三里と覚えていますが、薩摩芋でお馴染があるばかりでなく、江戸との交通は頗る頻繁の土地で、武州川越といえば女子供でも其の名を知っている位でした。あなたはどういう道順でお出でになりました……。ははあ、四谷から甲武鉄道に乗って、国分寺で乗り換えて、所沢や入間川を通って……。成程、陸を行くとそういう事になりましょうね。江戸時代に川越へ行くには、大抵は船路でした。
「半七捕物帳 川越次郎兵衛」岡本綺堂(青空文庫)
末尾部(原文より)
「増村の家に地震の怪我人は無かったそうですが、店は丸焼けになったので、その後は商売も寂れたようでした。今になって考えると、江戸三百年のあいだに、どんな悪戯をしても、どんな悪洒落をしても、江戸城の大玄関前へ行って天下を渡せと呶鳴ったものはない。全くこれが天下を渡す前触れだったのか知れませんね」 老人も嘆息した。
「半七捕物帳 川越次郎兵衛」岡本綺堂(青空文庫)
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