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半七捕物帳 菊人形の昔(岡本綺堂)のあらすじ・登場人物

菊人形の人出に消えた二頭の馬

  • ミステリ
  • 歴史

岡本綺堂 

文字数
18,476字
読了目安
約37分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 東京都

この作品について

岡本綺堂「半七捕物帳」の一編で、「幽霊の観世物」に続けて語られる。巣鴨・染井に始まり、のちに団子坂の名物となった菊人形の来歴を前置きに、文久元年秋、忠臣蔵の菊人形でにぎわう団子坂で起きた騒動を描く。見物に来た横浜居留地の英国人三人が、巾着切りの疑いをめぐって攘夷気分の群衆に追われ、混乱のなかで乗ってきた馬が二頭盗まれる。馬盗人の探索を命じられた半七は、坂下の空地の古い祠で、狐を使うと噂される市子の老女に出会う。外国人と迷信が入り交じる幕末の世相を伝える一話。

あらすじ

文久元年九月、菊人形でにぎわう団子坂で、別手組の侍に守られて見物に来た英国人の男の紙入れを女が抜き取ったとして騒ぎになる。女が取っていないと叫ぶと、異人嫌いの群衆が石や瓦を投げて三人を追い散らし、坂下の空地につないだ馬のうち、西洋馬と日本馬が一頭ずつ消えた。八丁堀の命で半七が探索に乗り出す。子分の幸次郎は、女を両腕に蟹の彫物のある巾着切りお角と見当をつける。空地の古い祠の陰からは、狐使いと噂される谷中の市子おころが現れ、毎日祠を拝みに来ているという。近所では、年増の女が馬を引いていったとの噂もあった。お角の情夫は本郷の屋敷に勤める平さんという男だった。十月一日の朝、おころが祠の前で、首を鋭い爪で刺されて殺されているのが見つかる。半七らが張り込むと、夜ふけに信州から来た老いた市子お千が祠に忍んで来た。十一年前に病の床で看病してくれたおころに大事な管狐を盗まれ、諸国を捜し歩いた末に、狐を返さないおころを長い爪で殺したのだった。一方、平吉は旗本神原内蔵之助の馬丁で、騒ぎにまぎれて西洋馬を盗み、馬好きの主人に献上していた。日本馬はお角が引き出していた。平吉はおころの息子だったが、狐の一件とは関わりがなかった。

登場人物

冒頭部(原文より)

「幽霊の観世物」の話が終ると、半七老人は更にこんな話を始めた。 「観世物ではまだこんなお話があります。こんにちでも繁昌している団子坂の菊人形、あれは江戸でも旧いものじゃあありません。いったい江戸の菊細工は――などと、あなた方の前で物識りぶるわけではありませんが、文化九年の秋、巣鴨の染井の植木屋で菊人形を作り出したのが始まりで、それが大当りを取ったので、それを真似て方々で菊細工が出来ました。明治以後は殆ど団子坂の一手専売のようになって、菊細工といえば団子坂に決められてしまいましたが、団子坂の植木屋で菊細工を始めたのは、染井よりも四十余年後の安政三年だと覚えています。あの坂の名は汐見坂というのだそうですが、坂の中途に団子屋があるので、いつか団子坂と云い慣わして、江戸末期の絵図にもダンゴ坂と書いてあります。

「半七捕物帳 菊人形の昔」岡本綺堂(青空文庫)

末尾部(原文より)

わたくしも暫く団子坂へ行きませんが、新聞なぞを見ると、菊細工はますます繁昌して、人形も昔にくらべるとたいへん上手に出来ているようです。しかし団子坂の菊人形を見物に行く明治時代の人達は、三十余年前にここで異人を殺してしまえと騒いだり、狐使いが殺されたりした事を夢にも知りますまい。世の中はまったく変りました。異人だの狐使いだのという言葉さえも消えてしまいました。菊人形の噂を聞くたびに、わたくしはその昔のことが思い出されます」  古歌に「月やあらぬ、春やむかしの春ならぬ、わが身ひとつは本の身にして」とある。半七老人の感慨もそれに似たものがあるらしい。私もさびしい心持で、この筆記の筆をおいた。

「半七捕物帳 菊人形の昔」岡本綺堂(青空文庫)

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