半七捕物帳 人形使い(岡本綺堂)のあらすじ・登場人物
夜の楽屋で斬り合う人形
- ミステリ
- 歴史
- 文字数
- 15,467字
- 読了目安
- 約31分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
岡本綺堂「半七捕物帳」の一編。安政の末ごろ、あやつり人形芝居の一座にいた江戸っ子の人形使い、若竹紋作と吉田冠蔵の因縁を、半七老人が「まったく実録」と断って語る。信州への旅興行の夜、楽屋で仇同士の人形がひとりでに斬り合うのを見たと紋作が言い出したことから、兄弟同様だった二人は口も利かない仲になる。人形に魂が宿るという怪異と、芝居の役柄そのままに反目していく人間の心とを重ね合わせ、江戸の操り芝居の楽屋を描く。
あらすじ
安政の末、操り芝居の人形使い紋作と冠蔵は、信州の旅興行の夜、楽屋で石井兵助と赤堀水右衛門の人形がひとりでに斬り合うのを紋作が見たと言い、敵役の人形の額を煙管で打ったことから仲違いする。以来、二人は役柄そのままの仇同士となった。江戸へ戻った冬、「忠臣蔵」の稽古で、紋作は衣裳屋の職人で兎欠脣の定吉とも喧嘩をする。兄弟子の紋七は二人を和解させようと池の端の料理屋に誘うが、人形の話が蒸し返されて座は白け、帰り道で紋七は紋作と冠蔵の死体につまずく。どちらの手にも刃物はなく、他殺の疑いが出る。紋作が下宿する小間物屋の娘お浜に横恋慕していた定吉が疑われるが、定吉は、料理屋の門口で紋作を訪ねた別の若い男を見たと白状する。その男は紋作の葬式に「根岸の叔母」の使として香奠を届けに現れ、寺には笠を深くした若い侍が葬列を待っていた。初七日の逮夜、半七は真相を語る。紋作の叔母は旗本の当主の生母で、植木屋を使いに立てて甥に小遣いを届けていた。その夜、喧嘩を始めた二人のもとへ屋敷の侍黒崎半次郎が通りかかり、逆上した紋作はその脇差を抜き取って冠蔵を殺し、自らも腹を突いて死んだ。黒崎は武士の恥を恐れて脇差を持ち去ったのだった。後日の芝居では、三段目の幕開きに師直と判官の人形の首がころりと落ちたという。
登場人物
- 半七 神田の岡っ引。池の端で起きた人形使い二人の死を探る
- 若竹紋作 江戸っ子の若い人形使い。人形の斬り合いを見たと言い張り、冠蔵と不仲になる
- 吉田冠蔵 紋作の朋輩の人形使い。妻子持ちで、紋作の話を信じない
- 紋七 上方訛りの兄弟子。二人を和解させようと気を配る
- お浜 紋作が下宿する小間物屋の娘。紋作を慕う
- 定吉 衣裳屋の職人。お浜に気があり、楽屋で紋作と喧嘩する
冒頭部(原文より)
「年代はたしかに覚えていませんが、あやつり芝居が猿若町から神田の筋違外の加賀ツ原へ引き移る少し前だと思っていますから、なんでも安政の末年でしたろう」と、半七老人は云った。「座元は結城だか薩摩だか忘れてしまいましたが、湯島天神の境内で、あやつり人形芝居を興行したことがありました。なに、その座元には別に関係のないことなんですが、その一座の人形使いのあいだに少し変なことが出来したんです。今時こんなことをまじめで申し上げると、なんだか嘘らしいように思召すかも知れませんが、まったく実録なんですからその積りで聴いてください。その人形使いのうちに若竹紋作と吉田冠蔵というのがありました。紋作はその頃二十三、冠蔵は二十八で、どっちも同じ江戸者でした。ああいう稼業には上方者が多いなかで、どっちも生粋の江戸っ子でしたから、自然おたがいの気が合って、兄弟も同様に仲がよかったんですが、それが妙なことから仇同士のような不仲になってしまって、一つ楽屋にいても碌々に口も利かないほどになったんです」
「半七捕物帳 人形使い」岡本綺堂(青空文庫)
末尾部(原文より)
「お話はまあこれぎりなんですがね」と、半七老人はひと息ついて云った。「もう一つ不思議なことは、紋作と冠蔵が一度に居なくなったので、芝居の方では急に代り役をこしらえて、いよいよ十二月の初めから初日を出すと、三段目の幕が今明くという時に、師直と判官の首が一度にころりと落ちたそうです。冠蔵と紋作の執念が残っているのか、人形にも魂があるのか、みんなも思わず慄然としたそうですが、興行中は別に変ったことも無くて、大入りのうちにめでたく千秋楽になりました。兎欠脣の定吉という奴も、そのあくる年の正月にやっぱり酒の上で喧嘩をして、相手に傷を付けたので、吟味中に牢死しました。これも何かの因縁かも知れません」
「半七捕物帳 人形使い」岡本綺堂(青空文庫)
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