はたし状(山本周五郎)のあらすじ・登場人物
江戸から帰った別人
- 心理
- 文字数
- 19,432字
- 読了目安
- 約39分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
江戸へ発つ前、幼なじみのしのを嫁に欲しいと申し出た今泉第二。だが江戸から帰った彼は、明るく澄んだ顔を失い、眉間に深い皺を刻んだ別人のようになっていた。何が彼を変えたのか——一通の果たし状をめぐる事情が明かされてゆく。
あらすじ
今泉第二は藩主の参覲の供に加わって初めて江戸へゆくことになったとき、和田軍兵衛の長女しのを嫁に欲しいと親たちに申し出た。まず母に話したのだが、母はさも意外なことのようにこちらの顔をまじまじ眺め、すぐには返辞ができないというふうだった。あなたは小さいじぶんから和田へ入り浸りで、あちらの子たちとはずっときょうだいのようにしていたでしょう、却ってその反対だと思っていた、と母は言う——物語はその微笑ましいやりとりから始まる。……ところが江戸から帰った第二は、見違えるように変わっていた。あの明るく澄んだ晴れやかな顔は痩せて骨立ち、眼の色は沈んで暗く、眉間には深い皺が刻まれている。玄関へ入って来た態度も口のききようも、この家を出ていったときの第二ではない。「ようこそ、第さん、ようこそ……」と迎える母は、御無事でおめでとうという言葉が喉に閊えて出ず、式台に膝をついたまま咽びあげた。登城から帰った父も強く心をうたれ、眩しそうに眼をそらす。江戸で何があったのか。友の千久馬が「云いたくないんだが」と不決断に呟いたとき、第二はふと、江戸で貰った彼の第一信の書きだしの文句を思い出す——この手紙を出そうかどうしようかと、ずいぶん迷った。事の次第が明かされたのち、家には再び笑いが戻る。母は立ちながら、絶えて久しく笑い声をあげた。しのも嬉しそうに笑い、「お手伝い致しますわ」と言って母と一緒に出ていった。
登場人物
- 今泉第二 江戸から別人のようになって帰った若侍
- しの 第二が嫁に望む幼なじみ
- 千久馬 事情を知る友
- 母 第二を案じ、やがて笑い声を取り戻す
冒頭部(原文より)
一 今泉第二は藩主の参覲の供に加わって、初めて江戸へゆくことになったとき、和田軍兵衛の長女しのを嫁に欲しいと親たちに申し出た。まず母に話したのであるが、母はさも意外なことのように、こちらの顔をまじまじ眺めながら、すぐには返辞ができないというふうだった。
「はたし状」山本周五郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
母はそう云って立ちながら、絶えて久しく笑い声をあげた。しのも嬉しそうに笑い、「お手伝い致しますわ」と云って、母と一緒に出ていった。二人だけになって、急にしんとした部屋の中へ、戸外の風の音が聞えてきた。
「はたし状」山本周五郎(青空文庫)
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