初恋(国木田独歩)のあらすじ・登場人物
孟子で挑んだ頑固な老漢学者
- 恋愛
- 青春
- 文字数
- 2,279字
- 読了目安
- 約5分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
1900年(明治33年)10月、雑誌『太平洋』に発表された国木田独歩の掌編。「僕」が十四歳のころを振り返り、聞き手に語りかける口調で話す。村には、立派な漢学者でありながら頑固さゆえに誰からも敬遠される大沢先生という老人がいて、下男と孫娘の三人で山の麓に暮らしていた。学校の餓鬼大将で生意気盛りだった僕は、ある日、丘の上で書見をしている老人に出会い、老人が嫌っている孟子を持ち出して論争を挑む。少年と老漢学者の問答を軸に、短い紙幅で少年の日をしのばせる小品。
あらすじ
僕が十四のころ、村に大沢先生という老漢学者が住んでいた。頑固で理屈っぽく、村人からは敬して遠ざけられ、四十ばかりの下男と十二歳の孫娘と三人で山の麓に暮らしていた。学校の餓鬼大将で生意気だった僕は、ある日、丘の松の根で書見する老人と、そばで海を眺める孫娘に出会う。老人をへこませてやろうと、僕は老人が攻撃している孟子を好きだと言って論難の口火を切る。老人は孟子の「君、臣を視ること犬馬のごとくんば」の句を突きつけ、君、君たらずとも臣は臣たれと説くが、僕は、ではなぜ先生は孟子を読むのかと揚げ足を取り、益になるところだけが好きなのだと言い返す。孫娘に袖を引かれて帰りかけた老人は、今夜宅へ来い、いろいろ話して聞かせると言い残す。家で父にひどく叱られ、謝りに行けと命じられた僕がその晩訪ねると、老人は親切にいろいろな話をしてくれ、僕はたちまち老人が好きになる。以来毎日のように通ううち、外からは陰気に見えた家は快活で、下男の太助は滑稽な男、孫娘の愛子は奥ゆかしいかわいい少女、老先生は人のよいお祖父さんにすぎないとわかり、僕の生意気な小賢しさも消えていった。老人が松の根で書を読む間、僕と愛子は丘の頂の岩に腰かけて幾度も夕日を見送った。それが僕の初恋で、最後の恋だった。僕が大沢と名のる理由もそれでわかったろう、と語り手は結ぶ。
登場人物
- 僕 語り手。十四歳のころは学校の餓鬼大将で生意気な少年
- 大沢先生 村に住む頑固な老漢学者。孟子を嫌う
- 愛子 大沢先生の十二歳の孫娘
- 太助 大沢家の四十ばかりの下男
冒頭部(原文より)
僕の十四の時であった。僕の村に大沢先生という老人が住んでいたと仮定したまえ。イヤサ事実だが試みにそう仮定せよということサ。 この老人の頑固さ加減は立派な漢学者でありながらたれ一人相手にする者がないのでわかる。地下の百姓を見てもすぐと理屈でやり込めるところから敬して遠ざけられ、狭い田の畔でこの先生に出あう者はまず一丁前から避けてそのお通りを待っているという次第、先生ますます得意になり眼中人なく大手を振って村内を横行していた。
「初恋」国木田独歩(青空文庫)
末尾部(原文より)
その後僕は毎日のように老先生の家を訪ねた。学校から帰るとすぐに先生の宅へ駆けつける、老人と孫娘の愛子はいつも気嫌よく僕を迎えてくれる。そして外から見るとは大違い、先生の家は陰気どころかはなはだ快活で、下男の太助はよく滑稽を言うおもしろい男、愛子は小学校にも行かぬせいかして少しも人ずれのしない、何とも言えぬ奥ゆかしさのあるかあいい少女、老先生ときたらまるで人のよいお祖父さんたるに過ぎない。僕は一か月も大沢の家へ通ううち、今までの生意気な小賢しいふうが次第に失せてしまった。 前に話した松の根で老人が書を見ている間に、僕と愛子は丘の頂の岩に腰をかけて夕日を見送った事も幾度だろう。 これが僕の初恋、そして最後の恋さ。僕の大沢と名のる理由も従ってわかったろう。
「初恋」国木田独歩(青空文庫)
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